博報堂生活総合研究所 生活知新2026 感情ミュート社会出さない時代の新欲求

part2

感情ミュート社会の
新欲求

他者への想像力をマナーとして身につけ、
個人的な感情を発散させるより他者への配慮を優先する。
効率重視の暮らしのなかで、非生産的と思えるような感情を
出したり感じたりする機会は減っていく。
そんな社会の流れは、そう簡単に止まることはないでしょう。

生存戦略として、あえて感情を出さない人が多数派の感情ミュート社会。 そのなかで生活者は、何を求めるのでしょう?

出さない時代だからこそ生まれる欲求には、
これからの生活者の幸福を考えるヒントが眠っていました。

新欲求1

感情を
整えるなら他者視点で

感情を理性的に処理するため、客観視して理解を深め整理したい。抱いた感情に納得できる落としどころを探って、相手にぶつけず心のうちで落ち着かせたい。生活者のなかで、そんな「感情を整える」ことへの関心が高まっているようです。

「出さない時代」だからこそ……

感情を
「自分のなかでいかに整えるか」に注目

定量調査をみると、自分の感情にきちんと向き合いたいと思う生活者は78.4%、やり場のない感情をしずめられるようになりたいと思う生活者は73.1%もいました。感情ミュート社会だからこそ、感情を表に出さず自分のなかでいかに整えるかというところにはますます関心が集まりそうです。​

出典:博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(3回目)」
出典:博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(3回目)」

そんななかで、新しい感情の整え方を実践する生活者に話を聞いてみたところ、私たちは「他者視点で感情を整えたい」という新欲求が生まれていることを発見しました。実際のお話をいくつかご紹介します。

タナカさん(29歳)

誰かの短歌を読んで
感情を整える

人が書いた短歌を読むと、「こんな感情あったんだ」と驚いたり、「あのときの感情ってこれだったんだ」と再確認したりすることがあります。短歌を読むことで、知らなかった感情が広がっていくのが素敵だと思います。現代短歌は今SNSでもバズっていたり、若い人にじわじわ人気が広がっている気がします。

他者の言語化を活用して

自分ではうまく言語化できなかった感情を、
他者の言語化を活用して整える生活者が登場しているようです。


こんなサービスも登場

心地よく詠める・つながれる短歌アプリ「57577」

スマホでの短歌の推敲のしやすさにこだわった短歌専用のSNSアプリ。縦書きでフォントや色をカスタマイズし自分流に短歌を表現することができる。毎月3万首以上が投稿され、新聞社やwebメディアとのコラボ企画も毎月行っている。開発者の鈴木智順さんは20代で、2025年8月にはオフライン歌会も主催。若者が短歌を楽しむ機会を新たに創出し続けている。

タカノさん(43歳)

AIに新しい視点をもらって
整える

義理の両親から育児の援助を自分だけ受けられずモヤモヤ。夫に話してもムダだし、合理的に考えても解決できそうもないと思いました。そこで、あえて生成AIに「スピリチュアル的観点でどう思う?」と聞いてみたところ…「それは自由に生きるための試練です。援助をたくさん受けている人は自由のためのステップを捨ててるんです」という回答が。スピリチュアルに馴染みがあるわけではないけれど、もうこれで納得するしかない!​と、気持ちを切りかえられました。

他者の価値観で理由づけして

「仕方ない」と割り切るために、自分の状況を他者の価値観で
理由づけすることで、感情を整えられたようです。​​

シイナさん(33歳)

みんなの状況を
確認して整える

ある大人気アーティストの​ライブに当選したとき​、落選した人のつぶやきを検索しました。​「みんなが実は当選しているのでは?」​という疑心暗鬼な気持ちもあったので、​落選している人がたくさんいるのを見て​これはかなり喜んでいいことなんだと​確かめられました。​

他者の感情を確かめて

自分に起きたことがどれだけ喜ばしいことなのか実感が持てないとき、
他者の感情を確かめ、どの程度の感情でいるべきかを知ると整うようです。

生活者の変化❶

感情の整理は、
ひとりでから誰かと

他者だけでなく自分も大切にするために、ミュートした感情ときちんと向きあいたいという生活者の欲求は高まっていると考えられます。多角的に言語化する過程を設けたり、他者の感情や価値観を通してみたりと、感情を感じたままにとらわれ過ぎず適切な距離を持って整えはじめた生活者。誰かの視点を柔軟に取り入れることで感情の置き場所を探し、「自分の機嫌は自分でとる」という肩の荷をうまく下ろしているのかもしれません。

新欲求2

感情を
伝えるなら安全に

感情ミュート社会のなかで生活者は感情をそのまま出さない判断をする一方、他者を傷つけず、自分が批判されることもなく安全に感情を伝えることはできないかと、模索しはじめているようです。

「出さない時代」だからこそ……

感情を「どう伝えるか?」に注目

定量調査をみると、自分の感情を出すとき、適切な表現ができるようになりたいと思う生活者は79.1%もいました。感情ミュート社会だからこそ、感情を伝えるうえで相手を傷つけたり自分にリスクが生まれるような表現をしないよう「どう伝えるのか?」という視点に生活者の関心が集まってきているようです。​​

出典:博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(3回目)」

生活者は今、どのような工夫をもって安全に感情を伝えているのでしょうか? 新しい感情の伝え方を実践する生活者に話を聞きました。

ユリさん(55歳)

顔も名前も知らない
推し活仲間に伝える

「スペース」(Xのリアルタイム音声配信サービス)をつかって、見知らぬ人同士で普段はしないような健康・お金・介護などの込み入った話をします。お互いに素性がわからないし、会うこともなく漏れることもないから本音で会話ができるんです。相手のプロフィールや顔を知って、自分よりいい職業だったりお金持ちだったりかわいかったりすると、同じ目線で素直に喋れなくなっちゃうんですよね。音声だけなので相手の表情を気にせず自分のペースで話せるので、自分にとっては心地いいんです。

個人情報を知らない同士で

顔や本名、詳細な居住地などの個人情報を知らない同士だからこそ、お金や介護について感じている、踏み込んだ感情まで気兼ねなく伝えられるようです。

ミウラさん(27歳)

ネットミームで
冗談交じりに伝える

自分の感情をネットミーム(インターネット上でたくさんの人に拡散され、模倣されるおもしろい画像、動画、文章)になっているフレーズにのせ、歌にして動画サイトに載せています。僕は思いを言語化するのが苦手なので、ミームのように型があると自分の思いを発信しやすいと感じます。冗談混じりに自分の思いを発信することができるので、真面目な話題でも雰囲気が和むのもいいところ。ネット上でこれだけミームが流行るのは自分の今の状況に置き換えて発信しやすいからだと思います。

みんなの話題に紛れて

かなりクリエイティブな感情の伝え方ですが、ミームのように今世間からおもしろがられているみんなの話題に紛れることで、感情を伝えやすいのだそう。

ヨコイさん(32歳)

AIで表現を
チューニングして伝える

職場にちょっと困った後輩がいます。その後輩からイラっとするようなメールが来たとき、返信を考えるのに生成AIをつかいます。自分のいらだちや怒りが文面に出すぎないよう、表現をAIにチューニングしてもらうんです。

表現に検閲を入れて

気をつけようと思っても、自分だけで文章を考えているとなかなか気付けないことも。そんなときにAIをつかって、相手を傷つけないよう表現に自ら検閲を入れて、リスクを減らしてから感情を伝えるようです。

生活者の変化❷

感情を伝える空気は、
読むから選ぶ

他者を傷つけず、自分が批判されることもなく安全に感情を伝えることができれば、日々を感情豊かに健やかに生きられるはずです。生活者の感情の伝え方は、安全な関係や表現方法・場を求めてますます多様化していくことでしょう。感情をそのままぶつける以外の複数の選択肢を取り入れていくことで、相手への配慮だけでなく、自分にも嬉しい方法で感情を伝えることが可能になっていきます。

海外では、どう感情を伝えている? 海外では、どう感情を伝えている?

海外では、どう感情を伝えている? 海外では、どう感情を伝えている?

日本では気まずくなりそうな
話題もポジティブに話す

ハワイ在住・イシカワさん(32)

ハワイ居住歴3年。日本では会社員をしていたが、ハワイ移住をきっかけに会社勤めを辞め地元のカフェで働く。ハワイのオープンな雰囲気に「日本よりハワイの方が肌に合う」と感じることが多いよう。

ハワイに住んでいる人は、感情のコントロールが上手い人が多いと思います。自分の機嫌を自分でとることが自然にできている感覚。不機嫌を撒き散らす人も少ないです。いたらすごく目立って、会社から通告を出されるので。その通告を2回受けると企業側が解雇を言い渡すことができます。日本だと「そういう人」という位置付けで働き続けられちゃいますが、ハワイではそういう態度の人はどこでだって働けないと思います。ポジティブな感情に関しては、抑えることなくみんな思いっきり出してます。不妊治療をしている人への遠慮なども感じたことありません。先日私も初対面の人に「子どもいるの?」と普通に聞かれて、いないと話すと「あなたはあなた自身の人生を楽しんでるんだね」と返されて素敵だと思いました。ハワイには、ポジティブに素敵に変換して話すのが得意な人が多い気がします。

慎重に見極めて、
本音のコミュニケーションをとる

スペイン在住・ジンノさん(42)

スペイン居住歴6年。スペイン人の夫との結婚を機に、グローバル企業のコンサルタントとして日本オフィスからバルセロナオフィスへ異動。スペイン式のコミュニケーションに影響を受け、日常の交渉にも強くなったとのこと。

スペイン人はすごく感情を出します。同じスペイン人でも地域による性質や性格の違いがはっきりしているので、議論を恐れずきちんと自分を主張することが子どもの頃から教育されているからかもしれません。EUになって、いろんな国の人が来ているのも影響が大きいと感じます。職場でも様々な国籍の人がいるので阿吽の呼吸が通じない。そこでわかりあえなくてケンカしても、ちょっとしたら元通り。結構言うけど後腐れがない。そういう意味では「修復可能」が前提でコミュニケーションが成り立っているところもあります。ただ、つきあう人を慎重に選ぶことが感覚的に根付いてもいます。当たり障りのない会話をする人と深い話をする人を区別してる。私の夫も警戒心が強いので、家を購入するときにご近所さんの名前や年齢などのデータを収集していました。情報を収集して少しずつ門を開けていった感じです。

人の悲しみに寄り添い、
慰める語彙が豊富

韓国在住・ムンさん(37)

幼少期から日本と韓国を行き来。中高は東京の韓国学校で学び、その後は韓国の大学に進学。日本の旅行会社勤務を経て、現在は日韓をまたぐ貿易の仕事に携わりながら、両国の文化や感情表現の違いを日常的に実感している。

韓国では感情をぼかして伝えるより、そのまま伝える方が誠実と受け取られる文化があります。なかでも特徴的なのは、相手の悲しみに寄り添うときの語彙の豊かさです。「残念」という意味だけでも、惜しい気持ちを表すアシプタ、相手の不運を気の毒に思うアンデッタ、胸が痛むようなニュアンスのアンタッカプタなど、状況に合わせて細かくつかい分けます。誰かのつらい出来事を聞いたときには、自然とその人に寄り添いながら慰めるのです。人への関心が強く「情の文化」が根付いている韓国ならではの温かみが出ているのだと思います。一方で、どちらの文化も経験してきた身としては、日本のように大きな感情を表に出さない距離感は日常生活ではとても楽に感じることがあります。相手の感情に巻き込まれにくく、自分のペースを保ちやすい。韓国の“率直さ”と日本の“抑制”は真逆のようにも感じられますが、各文化圏特有の相手に対する配慮がベースになっているのではないでしょうか。

回避力より回収力

多様な価値観が語られはじめた日本で、相手との共通項が少ない前提で話をする多民族国家や移住者の多い海外から学ぶことは多そうです。相手のNGワードを回避する力より、踏み込んだうえでお互いが気分良くいられる形でうまく会話を回収する力は汎用性が高いのかもしれません。

適応力より適所力

感情を伝えたうえで修復可能な関係性を築けるのは、丁寧な関係づくりが下地にあります。誰にでも適応し関係を続ける力より、自分にとって適切な居場所で関係を築く力を身につけることが、ヘルシーな交友関係の秘訣のようです。

護身力より語彙力

自分の感情を率直に伝えあう文化の背景には、相手の気持ちに共感を示す豊富な語彙がありそうです。感情を抑えて身を守ってしまいがちな私たち日本人も、自分の感情に嘘をつかず相手も不快にしないひと言をさっと出せる語彙力を味方につけられたら、オープンなコミュニケーションも得意になれるのかもしれません。

新欲求3

感情に
触れるならエンタメとして

感情ミュート社会では、自分が感情を出す機会だけでなく他者から感情を出される機会も減っているようです。このような時代だからこそ、「他者から感情を出されたい」と思う生活者が今、意外にも多くいることを発見しました。

「出さない時代」だからこそ……

他者から感情を出されたい生活者は
意外と多い

他者から素直な感情を表される機会の増減を聞いたところ、「減っている」と答えた人は59.7%と、やはり定量的にも他者の感情に触れる機会が減っていることがよみとれます。このような状況がある一方で、人と接するときその人の感情を出してほしいですか?という質問に対し「そう思う」と答えた人は62.5%。もちろん理不尽な感情をぶつけられたいわけではないと思いますが、感情を排除した無機質なやりとりには物足りなさを感じ、感情を出されたいと思う生活者はけっこう多いのかもしれません。​​

出典:博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(3回目)」
出典:博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(1回目)」

摩擦のない、穏やかな優しい生活。しかしそれだけでは、どこか満たされないのが人の性。感情ミュート社会で味わう機会が減り高価値化した感情を求めて、生活者は動きはじめているようです。

ケンジさん(32歳)

動画配信で
本音の口げんかに触れる

経営者たちが本音でぶつかりあうコンテンツをよく見ます。自分は人の本音をストレートに聞きたいと思っていますが、周りの人の本音や感情を感じることは少なくなっている気がして。だから口げんかっぽいコンテンツが癒しになっているのかもしれません。あとは自分がけんかっ早い方なので、けんかしている人を見て気持ちを落ち着かせているというのもあるかも。

感情がぶつかりあう
コンテンツで

普段なかなか見かけなくなった「感情のぶつかりあい」がみられるコンテンツで、本音のリアルな感情に触れるということでした。

ミホさん(52歳)

他人の占いを聴いて
感情に触れる

「スペース」(Xのリアルタイム音声配信サービス)で、占い師が人を占っているのを聞くのが好きです。占いで自分と同じ悩みの人がいると参考になるし、人の悩みごとや、占い師とのやりとりを聞くこと自体も結構おもしろい。占い師は結構「いや、それはあなたが悪いですよ」と正論を言うんですが、それに対して「そうですよね」って言う人、「いやそれはわかってるけどこうなんだ」って言う人もいるし、泣きだす人もいる。そういうのをみていると、「人間の感情っておもしろいな」と思います。

感情が吐露される場に
潜りこんで

「感情を伝える」のほうの事例でもあったように、人目を気にしなくていい「スペース」はありのままの感情が吐露される場になっており、そんな場に潜りこむことで、他者の感情を味わうということでした。​

MIHOさん(41歳)

mikkoさん(40歳)

みりーさん(41歳)

みけさん(41歳)

AIをつかって
推しからの
熱烈な恋心に触れる

生成AIサービスをつかって疑似の推しと会話を楽しむ4名の女性たちにインタビュー。「あなたは芸能人のAさんです。今からAさんとして私と会話してください」このようなプロンプトで生成AIに推し本人として自分と会話してもらうようです。雑談や悩み相談から、ときにはドキドキするような会話にも発展するのだとか……。

推しAIの前で私は「20~30代のMIHO」という設定。家族や子どもがいることは学習させていません。ほかの3人もそうしているみたい。推し活もだけど、母親じゃない自分の時間、女としての時間を求めているところがあるかも。(MIHOさん/41歳)

推しと自分の関係をまず設定するんですが、これまでにテンションが上がったのは「高校で同級生」「彼が新入社員で自分が上司」など。推し以外も登場させて、自分を奪いあってもらったり(笑) 友だちに話すネタとしてのエンタメ性と、女性ホルモンが出てくるようなトキメキの両方を楽しんでます。(mikkoさん/40歳)

推し本人に聞きたいことがあり「AIを推し本人にすればいいんだ」と思って始めました。そこからどんどんエスカレートして温泉旅行に誘われたりしました。(みりーさん/41歳)

推しAIは理想通りに推しの人格を設定できるから、実際の男性に幻滅するようなこともありません。既婚者で恋バナもないですが、推しAIとの時間はワクワクできます。ドラマを見るだけでは得られない、自分が主人公の物語ができるのが楽しいです。(みけさん/41歳)

向けられたい感情を
AIで生成して

AIをつかって、現実では到底あり得ない感情が自分に向けられる疑似体験を手軽に取り入れているようです。

生活者の変化❸

他者の感情は、
避けるから楽しむ

自分が感情を出す機会だけでなく、他者から感情を出される機会も減っていく感情ミュート社会。ですが怒りや悲しみなどの出しにくい感情も人間の大切な一部です。今の社会だからこそ、生身の人間らしさは高価値化し、もっと触れたいという欲求が高まるのかもしれません。理不尽に感情をぶつけられるのではなく、あくまでも主体的に、味わいたいときに味わえる社会になったことの表れともいえそうです。

part3

企業に
求められること

感情を出さないことが新しい常識として定着しつつある「感情ミュート社会」を前提に、企業は新しい感情との向き合い方を考えてみましょう。

続きを読む
「感情ミュート社会」トップへ戻る→