「感情ミュート社会」とは? 自ら感情を出さない新常識
研究員の松井が気になるテーマについて執筆します。
本屋をのぞけば、ビジネススキルとしての「感情管理」、感情という視点で歴史を読み解く「感情史」、AIによる「感情解析」など、様々なジャンルの棚に「感情」の文字が並んでいます。私が所属している博報堂生活総合研究所では、冬の研究テーマとして今年は「感情」を選びました。
今回は、感情に関する調査や取材など様々なリサーチをもとに、生活者の感情と今を考えていきます。
感情データが示す「感情を出さない」傾向
「情報が多すぎて自分の感情がわからなくなっている?」
「いろいろな情報に触れすぎて、心が動きにくくなっている?」
「感情に本来はないはずの“正解”を求めるようになっている?」
など、今の時代ならではの感情にまつわる仮説を立て、まずは世の中全体として、現在感情がどのように扱われているのか、あるいは感じられているのか、20~60代男女にインターネット調査を3回実施しました。

博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(第1回)」
先ほどの3つの仮説に近いデータはグラフで示した通り、いずれも4割台と一定の割合に達したものの、過半数には及びませんでした。そのなかで私たちが注目したのは、過半に達した「あえて自分の感情や気持ちを出さないようにしている」というデータでした。

博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(第3回)」
そこで、「感情を出す/出さない」ということに焦点を当ててデータをみていくと、感情や気持ちを出す機会、出せる相手や場の増減は4:6でいずれも「減った」が多いことがわかってきました。一時点の調査ではありますが、感情を「出さなくなっている」傾向がありそうです。

博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(左:第2回/右:第3回)」
感情を出さないのは、ビジネスだけでなく日常生活でも
さらに調査を進めてみると、本音を出せそうなプライベート場面である日常生活にも生活者の「感情を出さない」様子がみられました。
下のグラフは感情を抑える様々な場面を調査した結果で、トップは仕事のときですが、友人や家族といるときでさえも5割強~7割近くが感情を抑えているようです。生活者ヒアリングでも、家庭や友人間での感情を出さないエピソードが寄せられました。アンガーマネジメントやコーチングなど仕事のノウハウがプライベートな場面にも浸透してきていることが影響しているのかもしれません。

博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(第3回)」
感情を出さないのは、ネガ感情だけでなくポジ感情も
もうひとつ、調べていくなかでみえてきたのは、ポジティブな感情を抑えている傾向です。具体的なエピソードでは、「いいことがあっても、悲惨な映画を観て落ち着かせるようにしている」「自分は今、気分が高揚している“ハイ状態”かも、と客観的に捉えてやり過ぎないようにする」といった声が挙がりました。いいことがあった後、浮かれ過ぎて失敗しないように気を引き締めるだけではなく、失敗したときの感情の落差を最小限に抑えるため、最初から「喜びの天井」を低く設定し、心を平らに保とうとしているのです。
また、調査データでも「良いことがあった時、浮かれ過ぎないよう感情や気持ちを落ち着かせることがある」はそう思うが計64.1%という結果で、同様の考え方をする生活者の存在も浮き彫りになりました。

博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(第3回)」
現代は、自ら感情を出さない「感情ミュート社会」
以前なら本音を言えていたような親しい仲でさえも、良いことがあっても感情を出さない。この現状の裏にある生活者の意識は何なのでしょうか?
周囲の反応が気になるから、妬みなど受けたくないから、といった外からの影響で感情を「出せない」ということはあります。しかし、ヒアリングからは、個を尊重した対等なつきあいのマナーとして、また「後々自分のためになる」という先を見越したスマートな振る舞いとして、自ら進んで感情を「出さない」という生活者の姿勢も感じ取れました。
こうして、あえて他者に感情を出さないことが新しい常識として生活者に定着しつつある現代社会のありようを、私たちは「感情ミュート社会」と名づけました。それは、オンライン会議で自分の周囲の音を遮断するためにミュート(マイクオフ)するのと似ています。私たちは、社会という大きな会議室の中で、自分と相手の平穏を守るために、自らの「心のスイッチ」を操作しはじめているのです。
ただ、この研究を進めていくなかで、自問として何度も出てくるのが「日本人は昔からそうなのでは?」という疑問です。みんなが新常識として感情をミュートするようになっていった大きな時代の変化を、次回はみていきたいと思います。
【調査概要】
■感情に関する意識調査(第1回)
調査対象 20~69歳の男女3,900名
調査方法 インターネット調査(全国)
調査時期 2025年8月
■感情に関する意識調査(第2回)
調査対象 20~69歳の男女1,500名
調査方法 インターネット調査(東阪名)
調査時期 2025年9月
■感情に関する意識調査(第3回)
調査対象 20~69歳の男女3,914名
調査方法 インターネット調査(全国)
調査時期 2025年10月
※調査では小数第2位まで集計していますが、本稿では小数第1位まで(小数第2位を四捨五入)もしくは整数(小数第1位を四捨五入)を表示しているため、項目同士の合算値は見た目の数値と異なる場合があります。
【Yahoo!ニュース エキスパートより転載】
https://news.yahoo.co.jp/expert