博報堂生活総合研究所 みらい博2025 働き直し 仕事が変わる。日本が変わる。

一人ひとりが
「働いていて何が幸せか」を
自覚する時代へ

井上亮太郎(いのうえ・りょうたろう)

株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員

金本麻里(かねもと・まり)

株式会社パーソル総合研究所 研究員

「ウェルビーイング(主観的幸福感)」 を
主軸とした研究活動

井上:パーソル総研は、総合人材サービスグループのパーソルに属する研究所です。我々研究員の問題意識からテーマを決めて取り組んでいること、企業等の組織の方々に対して学術研究に留まらないデリバラブルな研究知見の発信に重きを置いていることが特徴です。
調査会社出身や大学出身など、研究員の来歴は様々です。私自身は住宅設備機器の企業で組織融合に携わり、その後、大学で社会人教育やコンサルティング事業に従事していました。企業等の人事部や経営企画の方々と相対していると、時には担当者の方々がつまらなそうに働いている姿を目にすることもありまし た。働くことがつまらないと感じている人が、会社を盛り立てるための制度や従業員らの共感を得るような面白いコンテンツをつくれるとは思えなかった。そこで、どうすればもっと働くことを楽しめるのかという問題意識を持ちました。
パーソル総研では、人の感情や感性の計測・モデル化、ものづくりや組織づくりへの活用を研究テーマにしています。以前より着目していた「ワクワク感」や「ウェルビーイング(主観的幸福感)」を主軸に研究しています。また最近では、産業組織で得られたウェルビーイングを高めるための知見を活用し、自治体や中央省庁と共同で地域創生にも挑戦しています。

ウェルビーイングデザインの
要件定義と社会実装

井上:これまでの研究を通して、ワクワクや主観的幸福を感じるポイントは人によって異なるものの、いろいろな人のパターンを分析していくと、そこに一定程度の共通項(要因)やメカニズ ムが見えてきています。ものづくりにおいて要件定義が重要であるように、人事制度や教育コンテンツなどのソフトプロダクトにおいても、ウェルビーイングを“陽に”考慮した要件定義を提案し、社会実装していきたいと考えています。
例えば、利他的な行動はウェルビーイングやポジティブな感情との関係が強いといわれています。そこで、「Work, and Smile for Donation」という笑顔を寄付するシステムを開発し、実証実験を行いました。企業のエントランスにモニターとカメラを設置し、社員のみなさんに出社・退社するときに笑顔を向けても らい、ワンスマイルを10円として寄付する仕組みです。ピーク・エンドの法則とも言いますが、笑顔ではじまり、仕事に打ち込み、笑顔で終わると1日の体験をいい形で締めくくることができる。「あなたの笑顔が誰かの笑顔になる」というコンセプトです。

日本人の「働く幸せ」観の特徴とは

金本:これまで、「働く」という文脈では「職務満足」や「ワーク・エンゲージメント」といった概念で多くの研究がなされてきました。職業生活における「ウェルビーイング(主観的幸福感)」は、先述の概念とはまた異なる概念であり、私たちのグループでは比較的早い時期からこのテーマの研究に取り組んでいます。
パーソル総研が働くことのウェルビーイングについて国際調査をしたところ、日本は幸福度も不幸度も低いことがわかりました。インドは両方とも高いという結果に。北欧は幸福度が高いと考えられがちですが、フィンランドの「働く幸せ」の実感は中程度、不幸度も中程度という結果でした。日本は、様々な調査でも幸福度の低さが指摘されることが多いですが、不幸度は低く、他の国と比べたらある意味で恵まれた状態といえるのかもしれません。

自分の幸せと不幸せの因子を、
みんな勘違いしている?

金本:働くことのウェルビーイングについては、2019年くらいから慶應大学大学院の前野隆司先生とも共同して研究に取り組んでおり、働くことにおける「幸せの7因子」と「不幸せの7因子」 に分けてスコア化する手法を開発しています。

この手法に基づく2021年の調査では、「働く幸せ」として最も影響しているのは「自己成長」の因子という結果になりました。面白いことに、就業者に直接尋ねると「仕事に忙殺されないことが重要」と答える傾向がありますが、実際は「成長の実 感」が幸せへの影響が強いんです。「自分が幸せでないのは残業が多いからだ」と思っているけれど、実は「成長実感や新たな発見・刺激がないからだ」ということに気づけていないのかもしれません。

井上:また「働く不幸せ」の因子については、一般には「オーバーワーク」や「評価不満」をみなさん重視しますが、不幸せとの相関でいえば最も低い2つでした。それよりも「理不尽」「疎外感」や、自分の強みを活かせていないと感じる状態を示す 「自己抑圧」といった項目の方が不幸せへの影響度が高いようです。自分が不幸せだと感じる理由にも思い込みがあるかもしれません。

世代とともに言葉の捉え方も
価値観も変わってくる

井上:仕事の価値観が多様化していくなかで、多くの企業が働きやすい環境づくりに取り組んでいます。例えば、昔ながらの家族的で和気藹々とした企業文化は、一般的に肯定的に受け入れられてきた感があるかと思います。しかし、今日のZ世代の調査から、「アットホームな会社」という採用キャッチフレーズはマイナスに響くのだそうです。

金本:「失敗した方がいい」という言い方も今の若い世代には通じず、「失敗することが良いわけがない」と反発されるでしょう。その背景には、日本型の雇用が変化し、企業と従業員の関係性が変わったことが挙げられます。同じ日本語を使っていても、 世代で言葉の捉え方が異なるということが起きています。

井上:働くことの価値観は時代とともに大きく変化しています。昔は「働く」のなかに「ライフ」が含まれていましたが、「ワーク・ ライフ・バランス」が提唱されてからワークとライフは並列の関係になりました。そして今は、ライフの中にワークが含まれている構図です。
環境問題に端を発して、人権の問題、さらに多様性が叫ばれるようになったグローバルな流れに伴って、従業員サイドが力を持ち、声を上げられるようになってきました。日本では労働力不足の状況も相まって、従業員と企業とのパワーバランスが変わりました。クールビズの影響も大きかったと感じます。従業員たちがスーツを脱ぎ、リュックサックを背負うようになり、両手が空くようになった。その身軽さに後押しされるように、自由な働き方を求めていい、いろいろなことを主張していいという機運が高まっていったようにも感じます。

金本:若手中心にライフを重視する傾向が増えており、当社の調査でも「早くリタイアしたい」という若手が増えていて、2017年には平均64歳だったリタイア希望年齢がここ8年で平均58歳と大きく下がっています。20代では「50歳以下でリタイアしたい」と答える人が3割に上っています。

井上:ほかの調査では20代に「バリバリ働きたい」という志向もみられました。お金を稼げるときにバリバリ稼いで運用し、早めにリタイアするFIRE(Financial Independence, Retire Early)を希求する若手も少なくないようです。労働力不足の折、FIREできるほどのハイパフォーマーには、継続的に実社会のビジネスで経済を回し、社会課題の解決をけん引してもらえるといいですね。

自分にとっての「幸せな働き方」を
模索していく

金本:企業と従業員の関係性が変わり、ジョブ型雇用を導入する企業も出てきています。若手も企業に依存しない自律的なキャリア観を持つようになっており、配属ガチャ、転勤、残業といった苦労はしたくない、成果給が欲しいという若手が増えています。しかし、その志向を受け止める環境が企業側に整っているかというと、今はそこまで変われていない過渡期にあるので、働くことへの低関与化が生まれる一因となっているかもしれません。海外と同じような形のジョブ型社会では即戦力が求められ、若年層の失業率が高いことが知られていますので、日本の良さを残した新しい雇用の形をつくっていかなくてはならないのだと思います。

井上:バリバリ働きたいという人たちと、優しい人たちに囲まれてゆっくり働きたいという人たちの二極化が進んでいるのだとしたら、社会としてその両方を満たす必要があります。そこで必要となるのが人事面での情報開示です。「自分たちはこ ういう会社で、こういう人事ポリシーで、こういう制度でやっています」と開示することで、入社後のミスマッチを減らすこ とができるはず。どのような企業規模の会社であっても組織文化や人事ポリシーについて積極的に発信していくことが大事だと考えます。

最近の求職者の間では、給与、福利厚生、その次にウェルビーイングが注目されており、メンタル不調者数やウェルビーイングに対する取り組みの開示が具体的に求められています。

金本:一方で今は若手の人への期待値が上がり、パーソナリティーにまで優秀さを求められるようになっていることで、自由に動けなくなっているのではないかと危惧しています。「これ をやって成功しなくてはいけない」といった固定化した価値観を崩してハードルを下げることで、若手が幸せに働くことを後押しできるのではないでしょうか。

井上:例えば、私は今、複数の仕事を兼業しています。パーソルの研究員、大学教員、家業の経営など。ボランティアのような仕事が多いですが、どの仕事も大変ですし、どの仕事にもやりがいや異なる面白みがあり、1つに絞れません。金融のポートフォリオと同じように、リスクとリターンを考慮しながら複数の仕事を組みあわせる、そんな働き方ができるのは幸せなことだと思います。よく過労働を心配されますが、好きなことをやっているからつらくはないです。誤解を恐れずに言えば、休日に趣味に興じる人と近い感覚です。
働いていて何が楽しいのかがわかってくると、自分にとっての幸せな働き方にたどり着きやすいのではないでしょうか。仕事は遊びではないとお叱りを受けるかもしれませんが、自分なりの「ワクワク」に蓋をせず、自分らしく働くことは決して不真面目や無責任ではないと考えたい。働くことを楽しめる人がひとりでも増えていくことを願い、人と組織の調査研究機関として、これからも貢献していきたいと考えています。

井上亮太郎(いのうえ・りょうたろう)

株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。現在、同研究科博士課程後期に在籍。米国PMI認定PMP(Project ManagementProfessional)。大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年よりパーソル総合研究所上席主任研究員。『ヒトの感性に寄り添った製品開発と計測、評価技術』など著書・論文多数。

金本麻里(かねもと・まり)

株式会社パーソル総合研究所 研究員

東京大学大学院総合文化研究科修了。専門分野は職場のメンタルヘルス、アセスメント・サーベイ開発、障害者雇用。総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。2020年1月よりパーソル総合研究所研究員。

井上亮太郎(いのうえ・りょうたろう)

株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。現在、同研究科博士課程後期に在籍。米国PMI認定PMP(Project ManagementProfessional)。大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年よりパーソル総合研究所上席主任研究員。『ヒトの感性に寄り添った製品開発と計測、評価技術』など著書・論文多数。

金本麻里(かねもと・まり)

株式会社パーソル総合研究所 研究員

東京大学大学院総合文化研究科修了。専門分野は職場のメンタルヘルス、アセスメント・サーベイ開発、障害者雇用。総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。2020年1月よりパーソル総合研究所研究員。

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