「反労働観」もオープンにして、お互いの違いを語りあえるのが強い職場です
古屋星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所 主任研究員
リクルートワークス研究所 主任研究員
ここ30~40年の労働市場をマクロにみるときに極めて重要なのは、構成員の変化です。特にこの10年で、日本の労働市場はかつての「一家の大黒柱としてお金を稼がなければいけない男性正社員」ばかりだった状態から劇的に転換しました。フルタイムワーカーの性別の構成や、正社員と非正規雇用の構成も変化しましたし、若年層が減り、60代以降も現役で働く人が増えてい ます。
労働市場の構成員が変化したことで、そもそもお金を稼ぐことの意味が変わってきています。例えばシングルインカム世帯とダブルインカム(共働き)世帯では、働くことの意味が全然違います。シングルインカムでは、仕事が楽しいかとは関係なく生活のために仕事を続けないといけない。そこに議論の余地はありません。けれどもダブルインカムでそれぞれがしっかり稼いでいる場合には議論の余地が生まれます。これは労働市場からみると「女性の正社員が増えた」ことによる変化ですね。
このように働く人の構成が多様化したわけですから、仕事に対して求めるものも当然多極化します。これは日本の人口動態や経済状況、女性の社会進出などに伴う不可逆な変化で、戻ることはないでしょう。この前提に対して企業の人事制度や経営・組織戦略、さらに言えば日本の社会制度が対応するために、できることはまだあると思います。
今の日本人は昔に比べてプライベートを重視するようになったようにみえますが、これは個々人の価値観が変化したというよりも、環境の変化によって価値観も横並びで変化したのだと私は考えています。例えば有給休暇も、昔は周りに取っている人がいなかったから取りにくかったけれど、労働基準法が改正され有給休暇の取得が義務づけられ、周りが取るようになったから気持ちの面でも取りやすくなりました。現代の就活生に企業に求めるものについてアンケートを取ると 「成長できる環境」「労働環境の良さ」といった項目が挙がりますが、これも「周りがそう言っているから」という横並び志向で説明できます。
私たちが2023年に実施した「ワークス1万人調査」のなかで、「仕事とはそもそもつらいものであり、そこに楽しさを見出すことは困難だ」という項目を設けたところ、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えた人の合計が約30%になりました。この設問が「労働を意識的に否定し、ただ生きるために必要最低限な仕事だけをしよう」という認識を捉えていると考え、これを「反労働観」と呼んでいます。
同じ価値観を行動に移した「静かな退職」という言葉も話題です。これは日本に限らないグローバルな動きで、例えば中国では「タンピン(寝そべる)族」と言われています。アメリカでは2013年頃から若い世代の間でYOLO(You Only Live Once)という流行がありました。「人生は一度きりなんだから、つまらない仕事をしてどうするんだ」「仕事には低温で取り組んで、その分趣味を楽しもう」という若者の動きは上の世代には理解が難しいかもしれませんが、既得権を持たない若者たちの間で連綿と続く潮流なのでしょう。近年のQuiet Quitting(静かな退職)につながる潮流だと感じます。
日本ではここ15年くらい、仕事へのエンゲージメントが他国に比べてかなり低いという調査結果があります。それでは40年前の経済の絶頂期にはみんなやる気満々だったのかというと、そうでもないのではないか。「やる気とかやりがいとか、何を青いことを言ってるんだ。やらなきゃいけないからやるんだよ」と言いな がら淡々と仕事をこなしていた職人肌の人は一定の割合いたはずです。
私自身は、労働が好きか嫌いかはあまり大事ではないと思ってい ます。むしろ、例えば「仕事が好きというわけではなくて、コツコツと目の前の仕事をこなしていたい」という管理職の方がいたときに、それをオープンにしてくれると、同じ職場のみんなも働きやすくなるように思います。管理職だからって会社が絶対に正しいと信じてるかというと、そんなわけないですよね。みんな 「この会社をもっと良くできるんじゃないか」と思いながら働いている。そういう人材はイノベーションの種になる貴重な経営資源ですから、活用できる環境をつくることができれば強い会社になりますよね。
そもそも「従業員のエンゲージメントが高い会社が強い会社だ」 というのは、アメリカの経営学が言いだしたことです。日本がエンゲージメントの概念を輸入しはじめたのと同時期、日本企業は人材不足によって新卒以外の採用を進めないといけない状況でした。そこで学歴以外にもいろんな観点から人材を評価する必要性から、エンゲージメントが重視されるようになったと考えられます。
エンゲージメントには、大まかに3次元あります。「組織に対するエンゲージメント」「仕事に対するエンゲージメント」そしてもうひとつ、私が重要だと考えているのは「自分の歩んできたキャリアパスに対するエンゲージメント」です。
このように分解してみると、日本で重視されているのは組織や仕事に対するエンゲージメントということになりますが、それってそんなに大事でしょうか?本来経営者にとって重要なものは従業員のエンゲージメントではなくパフォーマンスのはずですが、 優れたパフォーマンスをあげる従業員は、仕事をバリバリやりた いエンゲージメントが高いタイプだけでなく、プライベートを重視するタイプにもいます。
国・地域によっても職業観は異なります。例えばドイツは職業別労働組合が強いことが特徴ですし、イギリスやアメリカでは企業と労働者が直接結びつくことによる厳しさがあります。仕事へのエンゲージメントは、文化的に「勤勉により原罪を解消できる」 というプロテスタント的な発想にも思えます。その意味で日本の旧来的な労働観は、何でも極めて「○○道」にしてしまう日本文化と近い関係にありそうですし、西洋的なエンゲージメントの尺度には合わないのかもしれません。
リクルートワークス研究所は数年前に「マルチリレーション社会」について研究しました。かつて会社員には「家族」と「会社」 の2つの関係しかありませんでしたが、現在は関係の本数が増え、本業の会社もそのなかのひとつでしかなくなった。そのような環境で会社が社員を独占することは不可能です。最近は、 ボランティアのような業務外の活動が越境学習になり会社での成果につながったり、逆に会社の仕事の楽しみが生活の幸せにつながったりと、両方向のワーク・ライフ・スピルオーバー(漏出)が観測されるようになってきています。
この状況をうまく活用できているのが、ハイパーメンバーシップ型組織です。近年地方創生の文脈では、住民ではないけれどその地域に魅力を感じている「関係人口」が注目されています。ハイパーメンバーシップ型組織とは、関係人口と同じように、社員ではないけれどその会社の仕事に魅力を感じている「関係社員」「関係人材」との関係を保持している組織のことです。例えば、円満な関係のまま他社に転職した元社員や、副業・兼業でその会社の仕事をした人、アルバイトやインターンシップをした人、内定を辞退した人などを採用活動における人材力の源泉にすると、まったく関係ない人を採用するよりも活躍してくれる可能性が高まります。
この動きの前提のひとつに大企業による副業の解禁があり、 2022年の段階で大手企業の60%が副業を解禁しています。人手不足もひとつの背景で、特に地方の中小企業は働き手を求めているので副業・兼業の希望者とマッチします。
話題になった実例を挙げると、ある大企業では「内定者はそれ以降の3年間、どのタイミングで転職してきてもいい」という制度が設けられました。またある中小企業ではこの5年で20名程度の副業・兼業人材を受け入れており、2024年にはそのなかからフルコミットの従業員に転職してくる人が出てきました。この会社では転職採用のやり方も、まず空き時間に働いてもらって、 お互いに「いいね」となったときに採用する形に変わっています。
人間の仕事は記号的なものではなく、現実の様々な営みのなかにこそ本質があるものです。その意味で、仕事から「手ごたえ」を感じるか、というのは良い尺度だと思います。
人間は生きていると誰かに作用するものです。英語のworkは普通「仕事をする」「働く」と訳されますが、「機能する」「作用する」という意味もありますよね。workに対してその感覚が持てる瞬間を言葉にして、お互いに共有していくことができれば、仕事から手ごたえを感じるのは難しいことじゃないはずです。私の場合、最近はオンラインの会議や講演の機会が増えましたが、その際に手ごたえを感じるのは「うなずく」というリアクションです。これがあるとないとで、しゃべっているときの感覚や終わった後の達成感が全然違いますね。「うなずく」という本当に小さな行為が、ほかの誰かに大きな作用をもたらしている。
社会の多様化によって最近は「みんな違うから、黙っていよう」と 振る舞いがちですが、話してみたら本当はみんな自分とそんなに違わないし、考え方の違いなんて実は大したことじゃない。なぜその考え方になったのかがお互いにわかったら、人はわかりあえるものです。
ですから、強い職場とは「なぜそう思っているのか」「なぜ違いがあるのか」が語りあえる職場のことで、私はそういう環境をつくっていきたい。そのときにいきなり「君は仕事にやりがいを感じているか」と聞くのはコミュニケーションとしてどうかしてますから、「どんなときに手ごたえを感じた?」のような人間同士の作用が生み出されやすくなる物差しをつくっていきたいですね。
2011年一橋大学大学院社会学研究科 総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、未来予測、若手育成、キャリア形成研究を専門とする。著書に『ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由』(中央公論新社, 2022)、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版,2023)、『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社,2024)。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。
2011年一橋大学大学院社会学研究科 総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、未来予測、若手育成、キャリア形成研究を専門とする。著書に『ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由』(中央公論新社, 2022)、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版,2023)、『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社,2024)。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。
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株式会社パーソル総合研究所 研究員
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