「働く」の転機
「働く」自由と不自由の間にはさまれ、
「働く」から対価への期待、帰属意識、充実感、と様々なものを失ったことで
モチベーションが冷え込んで低温化してしまった生活者たち。
今後、世の中全体でさらに低温化が進み、日本の生産性向上などの
労働課題はますます深刻なものになってしまうのでしょうか?
しかし、生活者の声や様々なデータから、
そんな懸念を覆すような低温化の転換点がみえてきました。
日本全体にとって「働く」の低温化の進行は望ましいものではないですが、生活者個人が「働く」に対して低温であることは、プライベートが尊重される時代において悪いことではなく、ひとつの在り方かもしれません。
しかし、「働く」の様々な意識や実態を調査したところ、「どうせ働くなら、楽しく働きたい」と思っている生活者が20~60代の有職者全体で94.4%、「今の仕事が好きではない」と答える低温化した人であっても9割を超えることがわかりました。楽しく働きたい気持ちは多くの人が望む強い欲求なのです。
一方で、「少しでも楽しく働くための工夫をしている」という回答は全体で55.8%、今の仕事が好きではない人にいたっては42.7%です。
つまり、楽しく働きたいと思いながらも、実際には「楽しく働く工夫ができていない」というギャップを抱える生活者がまだまだいる。そんな現実もみえてきました。
私たちは、このギャップを埋めることに、低温化をポジティブなものへと転換できるポテンシャルを感じています。では、働くモチベーションが低くても「どうせなら楽しく働きたい」と思い、楽しく働く工夫をしている人はいったいどんなことをしているのでしょうか。次からは、その工夫に表れる「楽しく働く」生活者の胎動をみていきましょう。



「楽しく働く」生活者の胎動
デジタル化や効率化で目標設定と最適化のプロセスが一様になりやすいなか、目標を攻略ミッションに、自分をゲームキャラクターに、達成をステージクリアとして生活者自身が楽しめるゲームに見立てることで、「働く」の充実感を得ていました。一見つまらなそうな仕事ですら、いかに多く、いかに速く、いかに美しくするか。自分なりのレベル設定をすることで、モチベーションだけでなくパフォーマンスも高めています。
よい働きが認められる
“バッジ”機能でやる気を高める


タイミーは、「働きたい時間」と「働いてほしい時間」をマッチングするスキマバイトサービス。タイミーのアプリには期待以上の働きをしたと認められた業務に“バッジ”が付与される機能があり、ついバッジを集めたり、揃えたりしたくなるゲーム性が取り入れられています。
「楽しく働く」生活者の胎動
頑張っても対価がともなわず、報われないと感じる人も多いなか、自分の「働く」を世の中や身の周りの人と話題にできるようなネタにすることで、自分なりに「働く」の対価を増やしていました。
後ろ向きになってしまう場面や状況であっても、茶化しや自虐、癒しなどとともに周りと共有し、一緒に乗り切ろうと、働くモチベーションを高めているのです。そのなかには、ネタを探す楽しみや誰かと盛り上がる喜びもあるようです。
「働く」を
ユーモアで乗り切る

毎週月曜日をウサギのおしりを愛でる日としたウサギ好き界隈から端を発した“#けつようび”。現在は月曜日という仕事はじまりの憂鬱な気分を癒すアクションとして様々な動物のおしり写真や動画の投稿にまで広がっています。
「働く」の
話題に乗って満足感を得る
~Get Wild退勤~
「Get Wild退勤」とは、TM NETWORKの楽曲『Get Wild』を聴きながら職場から退勤する行為のことです。同曲がアニメ『シティーハンター』のエンディングテーマになっていたことから、主人公がひと仕事終えた気分を、自身の退勤に重ねることがSNS上でおすすめされて広まったといわれています。同曲のYouTubeでの曜日別の視聴回数データからは、金曜日での再生数が特に多いことがわかります。YouTubeでは音楽が金曜によく聴かれる一般的傾向があるがようですが、『Get Wild』は特にその傾向が強いとみられます。生活者自身が一週間の「仕事納め感」を演出し、「働く」の満足度を高めている様子がうかがえます。
TM NETWORK『Get Wild』
曜日別の視聴状況

(2023年12月6日から2024年12月4日のデータを曜日別に集計)
「楽しく働く」生活者の胎動
ハッシュタグとは、「#(ハッシュマーク)」付きキーワードのことで、SNSでの検索に利用され、自分と同じ興味関心のある仲間とつながるときにも使われます。
会社への帰属意識が弱まった生活者は、「働く」をハッシュタグのように活用し、同じ関心の人と会社を超えたつながりや居場所をつくっていました。
今まで接点のなかったような人との出会いや刺激が、働くモチベーションを高めることにつながっているようです。
「働く」で
新たな居場所を見つける


おてつたびは、農業や観光業など人手不足の地域へ旅行がてらお手伝い(仕事)をして報酬を得られるサービスです。やってみたかった仕事や興味のある地域に入り込むことで、地元の人や同じ興味・志の利用者(仲間)との出会いが生まれます。その後も関係が続くコミュニティを築いたり、セカンドキャリアや地方移住につながったり、「働く」を通じた新たな居場所を見つける機会となる場合もあります。



多くの生活者が「楽しく働きたい」欲求を持ちながらも実際には「楽しく働く工夫はできていない」ことが明らかになりました。この理想と現実のギャップを埋めることは日本の「働く」の低温化がポジティブに変わる転機となると捉えました。
そして、「楽しく働く」を体現する生活者をよくみていくと低温化しているからこそ得られる視点から自分と取り巻く環境を一歩引いてみていました。そうやって「働く」をやりがいのある“ゲーム”に、話題にできる“ネタ”に、人とつながる“ハッシュタグ”に見立て直し、自分の働くモチベーションを高めていたのです。一歩引いて俯瞰した視点から「働く」と自分を見直し、楽しく働けるように見立てる。言うなれば“メタ視点”を持つことが、これからの「働く」を変えていく鍵となりそうです。
人は、生活のため、社会人としての務めのため、家族を養うため、様々な理由から
つらさを感じながらも、働かざるを得ないものです。以前であれば、どうせ働くなら「楽しい仕事を探そう、仕事に楽しさをみつけよう」としていたことでしょう。
しかし、時代の変化とともに、「働く」に過度な期待や従属はせず「働く」以外の充実も考えるようになった生活者たちは、「働く」に多くを求めず、必要最低限にしていこう……と低モチベーションになりつつありました。生活者にとっては、どこにあるかわからない「楽しい仕事」を求めるよりも、目の前にある「仕事をいかに楽しむか」を考える方がある意味合理的なのかもしれません。そんな生活者自身による「働く」の発想転換がはじまっているようです。