博報堂生活総合研究所 生活知新2026 感情ミュート社会出さない時代の新欲求

Researchers’ View
感情を問う6つの視点 –1–


博報堂でマーケティング領域を担当している若手3名が、ここまでの「感情ミュート社会」では扱いきれなかった視点から感情について考えました。感情というテーマへの視野を広げる視点として、6つの問いでお届けします。

感情の「言語化」は、
絶対的な正なのか?

2024年の新語大賞にも選ばれた「言語化」。感情に関しても、私たちは「自分の感情がわからない」というモヤモヤから逃れるため、言語化を試み、他者に対しても曖昧な感情表現を避け、明確化を求めるようになった。内発的にも外発的にも、「感情は言語化すべき」という風潮が強まっているが、本当にそうだろうか。「言語」は強烈だからこそ、一度言葉にしてしまうことで、そこにあったはずの感情の機微やニュアンスがそぎ落とされてしまう側面がある。感情に関する新しい言葉が生まれ続けているという事実は、既存の言葉の不完全性の証明ともいえるだろう。あえて、自分の心の動きをそのままに感じ取ってみる。そして、言語化されない相手の感情もそのままに受け止めようとする「余白」を持つこと。言葉の範疇を超えた感情の存在を許容する姿勢は、AIにはできない、人間ならではの豊かさに通ずるのではないか。

他者の感情への「共感力」は
高め続けるべきか?

SNSによって、「共感」が可視化され、人間や社会を動かす強大な力を持つことが明らかになった。他者の感情に寄り添う「共感力」は、友人や家族との関係だけでなく、マネジメントなどのビジネスシーンにおいても、良好な関係構築のために不可欠な能力と位置づけられている。しかし、他人の感情に反射的に、過度に共感し続ける是非については、一度立ち止まって考えたい。外部と絶えず同期した感情に自らが埋め尽くされてしまえば、どこまでが自分が率直に抱いた感情なのか曖昧になり、ついには「自分の感情」そのものを見失ってしまう可能性がある。「共感」が現代社会で重要な要素であるからこそ、意識的に距離をとる機会もまた必要だ。情報の過負荷から心身を守る「デジタルデトックス」のように、他者感情にさらされ、寄り添い続けることから一時離れること。自分の内面と静かに向きあう「共感デトックス」のような機会が、求められていくのではないか。

ほか4つの問いは下記の記事からご覧いただけます。

→Researchers’ View 感情を問う6つの視点 –2–
・ 人を動かすのは「心」か「仕組み」か?
・ 感動のパッケージ化は、心を貧しくするか?

→Researchers’ View 感情を問う6つの視点 –3–
・ 現代の子どもたちは、感情の種類が少ないのか?
・ 本音をさらけ出すのは良いこと?

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