–日経クロストレンド(69)連載–
「感情ミュート社会」突入 気持ちを出す機会も相手も「減った」が多数
「日経クロストレンド」の連載記事です。
SNSなどで日々、論争やけんかが巻き起こっている中、意外なことに「自分の気持ちを出す機会や場、相手が減った」と答える人が多数になっていることが博報堂生活総合研究所の調査から分かった。なぜ現代人は感情を出せなくなったのか、また出さなくなったのか――。生活者の調査結果から明らかにしていく。
生活者の静かなる変化潮流 「感情ミュート社会」
「アンガーマネジメント」「感情管理」「エモーショナルマーケティング」……。最近、ビジネスシーンで「感情」にまつわるトピックスを見聞きする機会が増えています。
コミュニケーションに目を向けても、SNSやチャットツールなどネット上のコミュニケーションが一般化したことで、他者感情の理解や自己感情を誤解なく伝えることは、対面で行うそれとは異なる“作法”が必要とされ、ときに難しさが伴うこともあります。
社会全体で多様性への理解が進んだのに加え、オンラインコミュニケーションの浸透などもあり、他者に対する配慮がマナーとして定着しつつあります。そんな中、「感情」は関心を集める一大トピックとなっています。
そこで、博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)では、生活者の「感情」に関する意識や価値観の変化潮流を把握するための調査研究を開始。そこから見えてきたのは、あえて他者に感情を出さないことが新しい常識として生活者に定着しつつある現代社会のありようでした。
私たちはこの現象を「感情ミュート社会」と名付けました。
感情ミュート社会とは、オンライン会議システムなどにあるマイクの切り替え機能を使い、ディスカッションや会議の進行を乱さないよう、基本的には「ミュート(マイクオフ)」にしていることが多い様になぞらえ、感情を「ミュート」したまま社会活動をする生活者の様子を表しています。
日経クロストレンドの読者の皆さんの中には、自らの感情をあえて出さない生活者が多く存在する「感情ミュート社会」は、生活者の消費意欲や企業とのエンゲージメントの低下を招く変化潮流なのか?と不安に感じる方もおられるかもしれません。
しかし、あえて自分の感情を出さないからこそ芽生えている新たな欲求があり、そこには企業にとって経営・ビジネスにおける新たな視点やチャンスがあると私たちは考えています。
データで読み解く「感情ミュート社会」の実態
はじめに、「感情ミュート社会」を導き出したデータを踏まえつつ、その実態に迫ってみたいと思います。
●自分の感情を出す機会や相手が減っている
生活総研が2025年に実施した「感情に関する意識調査」では、「自分の感情や気持ちを出す機会」が以前に比べて「減った」「やや減った」と答えた人は計61.9%、「自分の素直な感情や気持ちを出せる相手や場」が「減った」「やや減った」も計63.8%といずれも6割を超えていました(図1)。

どうやら、自分の気持ちを出せる機会や相手は減ってきていると実感している生活者が多数派のようです。
●「感情を出さない」判断を自発的にしている
さらに興味深い発見がありました。
感情を出せる環境が減る中、生活者自身の意思としてはどうなのかを把握するために「あえて自分の感情や気持ちを出さないようにしている」かどうかを問うたところ、こちらも「そう思う」「ややそう思う」が計56.3%と半数を超えていたのです(図2)。

これらのデータから、多くの生活者にとって感情を出せる環境は減っており、それだけでなく、「感情を(仮に出せる環境があったとしても)出さない」という判断を生活者自ら下していそうだ、ということが見えてきました。
さらに「Google トレンド」によると、「アンガーマネジメント」や「感情/コントロール」という検索ワードの人気度はどちらも増加傾向となっています(図3)。
ここから、生活者の中で「感情をコントロールすること」への関心の高まりがうかがえます。

このように感情をコントロールすることに関心を持ち、自らの判断で感情を出さないようにする意識や行動は、ビジネスシーンやネガティブな感情に対しては以前から見られるものでした。しかし、この意識や行動はさらに広がっていたのです。
感情を出さない場面はここまで広がっている
●「感情を出さない判断」の広がり(1) ビジネスだけでなくプライベートでも
生活の中で自分の感情を出さずに抑えている場面について聞いたところ、「仕事のとき」が断トツ1位の83.2%(抑えている、やや抑えているの合計)でした。それはそうだろう、という感じなのですが、「友人と一緒のとき(67.7%)」「子どもと一緒のとき(63.2%)」においても6割~7割(同)近い生活者が感情を抑えている、という結果となりました。
また、「親」や「配偶者・パートナー」と一緒のときも感情を抑制している人が半数を超えています(図4)。
【図4】仕事以外でも感情を抑える傾向に
家族や友人といった、本来であれば素の自分をさらけ出せるはずの相手と過ごすプライベートでも、「感情を出さない」という判断をしている生活者は多く存在するのです。その理由を自由回答で聞いたのが以下です。
“基本的にイライラしても怒らないほうがうまくいく。言うとけんかになって家が険悪なムードになる(40代男性)”
“自分にイライラすることはあるが、自分のことは自分で解決する。人を巻き込むのは違うと思うし、そういうことを話す人だと思われたくない(20代女性)”
“友達に対して抑え気味。いい歳だし感情を出し過ぎても良いことはない(60代女性)”
このように、感情を出さないほうが日常の人間関係がうまくいく、人に感情を出さずに自分で解決したい、感情を出し過ぎても良いことはない、といった意見が挙がりました。生活者自身の経験から、感情を出さない判断が日常的になっているようです。
●「感情を出さない判断」の広がり(2) ネガティブ感情だけでなくポジティブ感情も
出さない判断の広がりは、「感情の種類」でも見られました。「良いことがあったとき、浮かれ過ぎないよう感情や気持ちを落ち着かせることがある/落ち着かせたい」という実態と願望に関する質問に対して、どちらも「そう思う」「ややそう思う」の合計が6割を超えていました(図5)。

つまりうれしい、楽しいといったポジティブな感情についても、表に出さないようにしているのです。その理由についての自由回答を見てみます。
“あまり浮き浮きしているとまわりから疎まれそうなので(30代男性)”
“良い成績を取っても、「まわりにはそうじゃない人もいるので分かりやすく喜ばないで」と注意されたので(10代女性)”
“友人がSNSで高級な商品を自慢し続けており、商品もその人の価値も下げている姿を見て学んだ(40代男性)”
“ぬか喜びで、その後落ち込むことが続き、その落差がイヤで、ポジティブな感情でも抑えるようになった(20代女性)”
このように、感情を受け取った側への配慮や、感情表出をして失敗している人を見かけたり、ポジティブな今と後のネガティブ想定のギャップを埋めたりしたいといった意識など、多くの意見が寄せられました。
様々な理由からネガティブな感情だけでなく、ポジティブな感情までも自ら出さないようにしている生活者の実態が明らかになってきたのです。
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<日経クロストレンド「30年のデータで解析! 生活者の変化潮流」>
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