なぜ私たちは感情を出さなくなったのか? 「感情ミュート社会」が進む3つの背景

生活総研 上席研究員

松井 博代

研究員の松井が気になるテーマについて執筆します。
前回の記事では、現代の生活者が、「あえて感情を他者に出さない」ことを選択している社会のありよう、「感情ミュート社会」についてご紹介しました。
そして、研究を進めながらも私たちのなかに浮かび上がる——日本人は昔から「ミュート」をしていたのではないのか? という疑問に対して、私が所属する博報堂生活総合研究所の研究では、以前よりも感情ミュートは進んでいると考えています。
今回は、なぜ自ら「ミュート」するようになったのか? という感情ミュート社会の背景を紐解いていきます。

背景1.
対人労働の拡大:感情を出さない方が「過ごしやすい」

まずひとつ目の背景は、私たちの社会構造の変化です。総就業者のなかで、以前の自営業主、家族従業者の比率よりも、雇用者(組織で働く人)の比率が激増し、今や6,000万人を超えています 。さらに産業別の就業者は、第一次産業、第二産業の比率が5割を超えていた頃から時代を経て、現在は商業・サービス業などの第三次産業が中心となりました。

出典:総務省統計局「労働力調査」より作成

出典:労働政策研究・研修機構「早わかりグラフでみる長期労働統計 図4産業別就業者数」より作成

多くの人が組織のなかで人とともに、または人を相手に働く現代、感情を露わにすることは、円滑な業務遂行の妨げになる場合があります。感情を出さない方が働きやすく、社会生活が過ごしやすいという意識が定着していくとともに、「仕事中に嫌な顔を見せない」「感情をコントロールして生産性を高める」といった仕事意識が日常に溶け込んでいったと考えられます。

背景2.
多様性配慮の浸透:感情を出さない方が「リスクがない」

ふたつ目は、人間関係の変化です。 人種や性的指向、働き方など、社会全体で多様性への理解が進んできました。これは素晴らしいことですが、一方で「何気ない一言が誰かを傷つけるかもしれない」「炎上を招くかもしれない」という不安も同時に生じることにもなりました。

実際、文化庁の「国語の使い方に関する世論調査」によると、言葉の使い方に「非常に気を使っている」「ある程度気を使っている」を合わせた「気を使っている」人は、2024年度には8割を超えています。そして「差別や嫌がらせ(ハラスメント)と受け取られかねない発言をしない」ようにしている人が、最も低い70代以上で6割という結果でした。

出典:文化庁「令和6年度国語に関する世論調査」より作成

出典:文化庁「令和6年度国語に関する世論調査」より作成

年代を問わず、差別やハラスメントへの配慮がマナーとして定着した今、感情を出すことは摩擦を生むリスクとして捉えられるようにもなってきました。いっそ感情をミュートにしておく方が、自分も相手も傷つかない。そんなやや内向きではありながらも、賢い判断が働いているのではないでしょうか。

背景3.
タイパ志向の強化:感情を出さない方が「ムダがない」

三つ目が、生活意識における「効率志向」の強まりです。生活総研の調査では「何事も効率的に済ませたい、無駄をなくしたい」と考える生活者は7割に達しています。

出典:博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(3回目)」

そして、感情についての生活者ヒアリングでは、「感情を出してケンカや事件など面倒ごとに巻き込まれるのを避けたい」という声が寄せられました。さらに、いちいち泣いたり怒ったり感情を出さず、情報理解や判断を効率的にしたいと考える生活者にも出会いました。

データでみても、 「感情の揺れがわずらわしいと感じている生活者は半数を超えます。つまり、感情が邪魔なノイズになり得るということです。そんな面倒や邪魔になる感情だったら出さない方が、何だったら抱かない方が生活や人生を効率良く過ごしていくのにムダがなくスマートだと感じる生活者が現れてきているのです。

出典:博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(3回目)」

「感情ミュート社会」で考えたいこと

こうして、時代のなかでの様々な変化に適応する形で、生活者はミュートする感情の種類や場面が増えていったのだと考えられます。

「感情ミュート社会」について、衝突や面倒が少ない快適さを感じる人もいれば、感情のぶつかりあいをしながらコミュニケーションをする醍醐味が失われる寂しさを感じる人など、様々だと思います。とはいえ、差別やハラスメントを許容した「感情ミュートをしない時代」に戻ることを望む人は少ないはずです。私たちはこの変化を不可逆な社会潮流として捉え、その先にある生活者の新たな欲求や、必要なサポートのあり方を考えていかなければなりません。

【参考】
生活知新2026 | 生活総研

【調査概要】
■感情に関する意識調査(第3回)
調査対象 20~69歳の男女3,914名
調査方法 インターネット調査(全国)
調査時期 2025年10月

【Yahoo!ニュース エキスパートより転載】
https://news.yahoo.co.jp/users/expert/hiroyomatsui

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