博報堂生活総合研究所 生活知新2026 感情ミュート社会出さない時代の新欲求

「感情ミュート社会」の新しい価値観に企業はどう寄り添う?


本サイトの「感情ミュート社会」のページでもパート3で「企業に求められること」として、その兆しとなる取り組みについていくつかの企業事例を紹介しました。このトピックスではより具体的にその詳細と見立てについて、生活総研所長の帆刈と博報堂執行役員兼エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの嶋浩一郎による対談の形式でお伝えします。

このトピックスでは感情ミュート社会で企業に求められること、すなわち「感情ミュート社会の新しい価値観に企業はどう寄り添えばいいのか」ということについて考えていきましょう。エグゼキューションの視点も加えるため、私、帆刈と、弊社執行役員、およびエグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの嶋浩一郎とで、実践の取り組みを踏まえながらご紹介・考察していきます。

よろしくお願いします。

では、感情ミュート社会における3つの新欲求に沿って、少し具体的にみていきたいと思います。まずは「感情を整えるなら他者視点で」について、2つほど事例をご紹介します。

こちらは、その名も「怒怒怒ランド」というイベントです。怒りが生まれるシーンについて、様々な人から意見を集めて展示する体験型イベントです。来場者の方からは、「他の人ってこんなところで怒ったりするんだな」など、自分の感情を相対化できるという声が挙がっているんです。実際、かなり人気だったと聞いていますが、嶋さん、これかなりユニークなイベントですね。

本当に面白いイベントですよね。怒りのテーマランドみたいな感じで、お金を払って人のストレスを見に行くってすごい時代になりましたよね。ある意味、感情というものがコンテンツ・集客装置になっている時代になっているのかと思いました。会場には「元カレの写真をカメラに入れたままでいる」とか「デートの途中に携帯に出る」とか、こんなシーンでムカつきませんか?というシチュエーションが続々紹介されているんですよね。

この「怒怒怒ランド」は怒りがテーマだったんですが、他にも「恐怖心展」とか「そういうことじゃないんだよ展」のような、感情のあるあるを見せる展がすごく人気になっている。これって、SNSとか、特にハッシュタグが、感情を細分化して表現する時代になっているからじゃないかと感じます。

その細分化した感情ですが、自分と同じような感情を持っている人を見ると、人ってすごく安心するんですよね。それと、自分の感情が相対的にどれぐらいのポジションにいるんだろうということを気にする人が増えていて、「これは怒っていいことなのか」ということをチェックしに、「怒怒怒ランド」のような場所に行っているように思います。これらのイベントを見てみると、生活者の感情にブランドがどう寄り添うのか考えなおさないと思ってしまいます。同時に感情に寄り添うマーケティングの可能性をすごく感じさせてくれるイベントだと思います。

他者の感情の可視化、というのがまさにポイントだと考えます。パート2の生活者事例でチケットに当たったときに外れた人の感情をみて自分は喜んでいいんだと感情を整えるという話は、一見すると少し意地が悪いようにも聞こえますが、これはそうではなくて、人の感情で自分の感情のレベルを相対化して整えたい、そんな気持ちがあるようです。

※出典:スポーツ感情スコアグラフ 2025年 明治安田J1リーグ第16節 鹿島vs川崎F(後半)

関連して、もうひとつの事例をみましょう。こちらはスポーツ専門配信サービスのDAZNの「DAZN CREATIVE FOR BRAND」という活動で、DAZNと博報堂の共同研究プロジェクトです。試合中の視聴者の感情の動きを可視化して、視聴体験の向上に役立てるプロジェクトです。嶋さん、これも感情の可視化ということなのでしょうか。

いや、これは本当に感情に寄り添うマーケティングのすごい最新事例なんじゃないかなと思います。今、いろいろバイタルデータを取ったり、スポーツの試合運びをデータ化できるので、スポーツのどのシーンで人々がどんな
感情を持っているかを可視化できるんですよね。

スポーツのすごいところって、観戦している間にいろんな感情が湧くじゃないですか。ゴールを決めたり、ホームランを打ったりすると爽快感とか達成感みたいなものも感じるし、投手戦でシーソーゲームのような展開が続くとヒリヒリしたり、同じスポーツのなかでもいろんな感情が芽生えますよね。それを可視化することをDAZNさんはやられている。これっていろんな効果があると思うんです。まずはファンダムが強固になるというか、「あ、ここで俺と同じようにファンの人たちは興奮しているんだ」みたいに、その視聴体験により一体感を抱かせることができます。そして、さっき言ったようにいろんな感情の起伏があるので、その感情に合った商材の広告を当てていくことも可能になる。感情に寄り添う広告マーケティング活動の可能性に注目していきたいですよね。

ありがとうございます。感情の可視化を入り口にして、そこから先、視聴体験の向上とかマーケティングの活用に進めているということですね。
顔認識や声色分析、かなりテクノロジーで可視化する技術は進んでいます。ただ、やはり生活者の視点でいうと、可視化してくれた後、自分の感情と重ねて共感したり、違いをみて相対化したりするところに欲求がありますので、可視化を入り口にしてどんな生活者の欲求に応えていくのかが大事になってくると考えます。

ここまでの議論を踏まえると、「他者視点で感情を整えたい」という生活者の新欲求に関連して企業に求められることは、「細分化して捉えにくい感情を可視化する」という風にまとめられそうです。まずは人の感情の可視化が求められるということですが、嶋さん、いかがでしょうか。

先ほどもお話させていただきましたが、ハッシュタグって微妙な心のひだを表すキーワードになっていると思います。それからSNSによって、同じ感情を持っている人たちがフィルタリングして集まりやすいという状況もできているわけで、感情の盛り上がりとか感情の起伏を、デジタル上でキャッチしやすい状況というのが生まれているんじゃないかなと感じます。これは企業にとってみたら、ある特定の感情に対して働きかけるチャンスだと思いますし、その感情に働きかけるということは、すごく深いエンゲージメントが生まれるんじゃないかなと感じています。性別や年齢でセグメント化するというマーケティングも大事だと思いますが、ある感情にフォーカスしてアプローチしていくマーケティングの時代がもう来るんじゃないかなと。

ありがとうございます。感情にフォーカスしたコミュニケーション、まさにそうですね。可視化の先にいろんなビジネスチャンスがありそうです。

では、次に行きましょう。2つ目、「感情を伝えるなら安全に」という欲求に応える視点です。こちらでご紹介する事例は「ギャル式ブレスト®︎」というサービスです。これは社員の方々がギャルになりきってブレスト(複数人で自由にアイデアを出しあう会議)を行う、そんなサービスです。キャラ設定としてギャルという仮面をかぶることで、社員の方々が安心して感情を出しながら深い議論を行うことを可能にするサービスです。自分だったらどんな違う自分が出てくるのか、ちょっと体験してみたいと思いませんか、嶋さん。

これは面白いですよね。ギャルは、本当に忖度なしでタメ口ですからね。生活総研でもギャル式ブレスト®︎を是非やってもらいたいです。50代のおじさんとか、普段忖度しまくりの人がギャルと一緒に話すと、急に意見を言い始めたりするみたいなので、ギャルという仮面をかぶるというのは組織の活性化などに効果があるんじゃないかと思います。

特定のキャラクターになりきって、「だってギャルだからしょうがないじゃないですか」という形で意見が言えるようにしてあげる、安全な環境で意見を表明できるという環境づくりは組織にとってひとつのチャンスですよね。こんなふうにキャラ設定で安全な環境を作るというやり方もあると思いますし、ゾーニングによって安全な環境をつくるやり方もあると思います。「そこは自由に話していいよ」という安全なゾーンを作る。例えば美術館で「この時間は喋ってもいいよ」という設定をしたり、普段静かな図書館で「このエリアではいろいろ意見を交換していいよ」というような、感情がここでは安全に発露できますよという場を作って提供すること、これもひとつの機会提供なんじゃないかなと思います。自由に意見表明できるというのは、マーケティングにも役立つし、インサイト発見にも役立つと思うんですが、特に組織運営とかチームビルディングにおいて本音を言える場所をつくる活動は有益だと感じますね。

そうですね。まさに、組織開発とか人材カルチャーの領域に適用できる考え方だと感じました。パート2で、感情を短歌に乗せる方がいましたが、「短歌だとエモいことが言える」と言っていたんですね。その発言がヒントになると思うのですが、やはり何か仮面をかぶって、そのキャラ設定に乗せることで安全に感情を出しやすくなるのかなと思います。心理的安全性という言葉はだいぶ広まったと思いますが、こちらは言わば「会議における感情的安全性の設計」。そういうことによって対話の質を上げる、そういう考え方ではないでしょうか。

企業に求められることの2つ目をまとめると、「生活者が感情を伝えやすいインターフェースを設計する」といえそうです。第三者のフィルターを通す、場の設定(ゾーニングをしていく)、もしくはAIなどのエージェントの媒介をするということがヒントになりそうですが、他に何かヒントや視点はありますか?

今の二次会がなくなっているご時世、ゼロ次会というのは特定の感情を持っている人の安全地帯になっていると思うんですよね。そういう同じような感情の人たちが集まる場所を作って、安全に意思表明できるような場所というのは、ある特定のマーケティングを促進するいい場になるんじゃないかなと思います。

ありがとうございます。
では次で最後になります。「感情に触れるならエンタメとして」という欲求に応える視点です。

こちらは「絶対にバズるSNS “Y”」です。元々は映画のプロモーションのコンテンツで、自分の写真を投稿して、だんだんと炎上していく様を擬似体験できるというものです。こちら、自分も体験したのですが、エンタメと分かっていても強い感情や意見が自分に向けられると、結構怖いものでした。

これ、僕もやりました。いい感じの写真とかを上げると、「お前、金持ち自慢してんのか」みたいな、いわゆるクソリプというのがどんどんつくというサービスですが、生の感情に対する枯渇感とか、触れたいという気分は本当にあるんだと思いました。最近のヒットコンテンツをみてみると、ヤンキーの恋愛リアリティショーとか、ヒップホップのラップバトルみたいなものに共感する人がたくさんいる。むき出しの感情にちょっと触れてみたい、でも安全なところで観たい、というところがあるんじゃないかなと思います。

確かに生々しい感情のコンテンツは人気ですよね。パート2でAIを使って推し活をする生活者を紹介していますが、そのなかで、「自分が物語の主人公になれる、これがいいんだ」という風にいっていました。今の話のように他人同士の生々しい感情をみたいという欲求もあるんですけど、人の物語ではなくて「自分が物語の主人公になれる」ということへの欲求は非常に強いのではないかと考えています。

こちらが最後の事例です。体験されている方もいるかもしれませんが、Duolingoという語学学習アプリです。このキャラクター、最初は愛嬌があるんですが、学習をサボっていると怒りながら通知を送ってくるようになります。これ、ブランド自体が感情を出してくるという事例なのですが、どう考えると良いでしょうか。

これは、すごく面白い話で、今後の生活者とのコミュニケーションの変化を予想させる感じがしますよね。キャラクターが「お前今日もサボるつもりじゃないだろうな」みたいなことを言ってくれるんですが、一般論で言うと、怒りという感情はブランドが持つべきものではない、NGみたいなことだったと思います。ですが企業と生活者の関係性を円滑化するためには、こういう怒りのような感情も含めて、細分化された感情というのをうまく使いこなしていくことが必要になってくるんじゃないかなと思うんですよね。

あと、すごく重要なのが、こういうアバターやロボットとかにAIの活用が進んでいくこと。AIだと逆に話しやすいとか、毒も吐きやすい、本音が出やすい、失敗しても恥ずかしくないということがあると思うので、感情やインサイトを発露してもらうために、AIの活用が進んでいくと思います。同時にAIが、このように、生活者に対して感情を吐露していくというテクニックも必要になってくるのではないでしょうか。

確かに AIだとこちらも安心して感情のコミュニケーションができるというのがありますね。3つ目の企業に求められることをまとめると、「ブランド自体が生活者に対して感情を表現する」といえそうです。感情ミュート社会で感情的コミュニケーションが希少化するときに、それをブランドに埋めてほしいという気持ちが生活者のなかにあると考えています。嶋さん、いかがでしょうか。

そうですよね。今、オウンドメディアやアプリができて、生活者とブランドがダイレクトでつながる時代になったと思うんですが、これがどんどん進化していくと、AIエージェントが企業と生活者のインターフェースになっていく。AIエージェントは生活者と一対一で自然言語で会話する関係性をつくっていくと思いますが、そのときに、AIエージェントが生活者に対して、すごく杓子定規な、誰にでも通じる公約数的なコミュニケーションだと、ちょっと違和感を感じると思うんですよね。さっきのDuolingoのAIエージェントのように、自然言語でパーソナルな関係性、ある意味、感情があふれているような表現で生活者とつながっていかなければいけない時代になるのではないかと。ブランドはスタティックなひとつの固定した存在から、感情や人格を持った存在になっていくのではないかと思います。

ありがとうございます。ブランデッドAIの時代には、ブランドは感情を出していくことが求められるのではないかというところでしょうか。非常に興味深いと感じました。

では、企業に求められることを振り返ります。感情ミュート社会の新しい価値観にどう寄り添うか。具体的な3つの視点として、捉えにくい感情の可視化、感情を伝えやすいインターフェースの設計、およびブランドから生活者に対して感情を表現するというものを挙げてきました。

嶋さん、最後に全体を振り返って、一言メッセージをお願いします。

今日、いろんなことを感じたんですが、やはりテクノロジーの進化によって感情の種類が細分化、そして顕在化しやすくなっているのは本当にその通りだと思って、そこに寄り添うマーケティング、いわば感情マーケティングが重要な時代になっているんだなと思います。また「怒怒怒ランド」もそうですが、注目すべきなのは、生活者のなかで同じ感情を持つ人同士が共感を抱くとか、感情をベースに同じ価値観でつながって界隈が出来上がっていることかなと思います。また企業と生活者の関係性も変わってきて、これからブランドが自ら感情を出していくときに、ブランドごとのキャラクターがより重要になってくると思うんです。企業側もどう感情を発露してキャラ立ちしていくかいろいろ考えなければいけませんね。

ありがとうございます。もちろんマーケティングへの活用というのはあるのですが、その大前提として、この新しい価値観をしっかり理解し、そこに寄り添っていくこと、これが企業に求められることのまず「幹」になるのではと考えています。新しい価値観を理解し寄り添う、そこから次のマーケティングの機会というのも生まれていくのではないかと考えています。嶋さん、どうもありがとうございました。

ありがとうございました。

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