
「働く」の未来
低温化しているようにもみえる生活者は、
「メタ的なものの見方」を磨き、斜め上から俯瞰するような視点で
働く自分と取り巻く状況を受け止めようとしています。
これは、働くことを前向きに捉え直す工夫なのではないか。
そこで、興味深い働き方をしている生活者に話を聞き、
そのリアルな実態からこれからの「働く」が
変化していきそうな方向性を探ってみました。
高度経済成長期~バブル崩壊
かつては、人生のすべてを捧げるように仕事に没頭してきた日本の企業戦士たち。生活者は会社のために忠実に働き、帰属意識が強い状態でした。生活者と世の中との接点を会社を通じてという形が多かったでしょう。

失われた30年
その後、失われた30年の間にはリストラや就職氷河期といった荒波にさらされ、また転職も増加するなど、生活者は会社との関係をしっかり切り分けるように変化しました

ポストコロナ~これから
ワーク・ライフ・バランスが重視される風潮のなかで、生活者にとっての会社は暮らしの一部分となり、世の中、会社、生活者の構造が変化してきています。周囲との関係性の変化によって生活者は視野が広がり、自分と仕事との関係をメタ的な視点で俯瞰しやすくなっているのではないでしょうか。

会社へ貢献して評価を得るだけではなく、社会とつながって貢献していくために、生活者は時には会社をパートナーやツールとして活用するようになっていきます。こうして、働くことをメタ的な視点で捉え直し、新たな手ごたえを生み出すことを、私たちは「働き直し」と名づけました。
現在、日本の社会・経済が抱える大きな課題である労働力不足や労働生産性の低迷に対しては、DX(デジタル・トランスフォーメーション)や外国人労働者の受け入れといった解決策が提示されています。こうした外的な要因だけでなく、生活者自身が自らの仕事の捉え方を変える働き直しは、内在的なモチベーションとして有効に機能する可能性がありそうです。

これから顕在化しそうな変化のひとつめは、会社の仕事を自らのモチベーションが湧く活動として、自分主体に捉え直す動きです。
組織から命じられた義務としてではなく、貴重な時間と労力を割くに値する自分ごととして私有化することで、モチベーションやエンゲージメントにも変化がみられるかもしれません。
自分がやりたいことを、
会社の資源や機能を活用して取り組んでいる

合計値は見た目の数値と異なる場合があリます。

発見!
タスクを私有化する働き直し
会社の新規事業で、
自分が着たいウェアをつくる?
ナカダさん@印刷会社


「服をつくりたい」が夢だった。
大金が入ってこなくても
嫌なことがあっても夢が叶い続けている。


ナカダさん(37歳)
アパレル系短大を卒業し22歳で印刷会社に転職。2020年にランニングウェアブランド「Gamoa」を立ち上げ。将来は出身地である鳥取県に雇用を生むなど貢献したい、という野望も。
岡山の印刷会社で営業として働くナカダさんは、2014年に岡山で発足し、今や東京や大阪、福岡にも支部があるランニングチームに所属。そのメンバーは50名を超えています。
大学で服飾を学んだ経験と趣味のランニング、さらに仕事の強みである印刷技術を組み合わせて生まれたのが、ランニングウェアブランド「Gamoa」。多様なプリント柄が特徴的で、会社の新規事業として立ち上げたものです。
印刷会社のビジネスはほとんどがB2B。ナカダさんの提案は、生活者を直接の顧客にする同社で初めての事業でしたが、4年間でタンクトップだけで1万着を製作するなど軌道に乗せています。
学生時代に描いた「服をつくりたい」という夢を叶えるため、自らの趣味と本業での経験や強みを活かし、結果的には自分たちが着たかったランニングウェアを自らつくれるようになったナカダさん。一方で、好きなことだけを自由に楽しんで働いているのではなく、今や新規事業以外の本業での部下も30名を超えているそうです。


ふたつめに起きる変化は、働いているほとんどの人が持つ「肩書」が、会社や組織の枠を超えてボーダレスになっていく動きです。
例えば地域やコミュニティとかかわる際、消費者やファンという立場のままでは限界がありますが、働くという立場で参加するとより深くコミットすることができます。働くことを活用し、会社という枠組みを超えて社会と直接つながろうとする生活者が現れはじめるでしょう。
会社を超えて世の中や社会と関わりながら働いている

合計値は見た目の数値と異なる場合があリます。

突撃!
肩書を無境界化する働き直し
会社員をしながら
漁業団体を立ち上げ!
ハセガワさん@IT企業+漁業団体


全時間が自分のため、好きな人のため、
社会のためになっている方がいい。


ハセガワさん(47歳)
東京のネット系企業で働きながら、漁業を支援する団体を石巻で立ち上げ。さらに、大学院の博士課程で漁村の担い手育成を研究するという三足のわらじも。
東京のネット系企業に勤務し、東日本大震災の後に東北を支援するECサービスを立ち上げ、被災地・石巻市に拠点をつくって転居したハセガワさん。現在は、東京と東北の2拠点に居住しています。
会社に副業申請をして、漁業を支援する一般社団法人の立ち上げにも携わりました。もともとは東北の漁業を対象に支援していた団体でしたが、今や北海道や西伊豆などにも活動が拡大。関連法人も含めて30人を超える規模となり、かかわる漁師の数も増加。また、釣りが好きな人を漁業という産業に巻き込む「半漁半X」といった提案も行っています。

漁業のための仕事が本業につながり、本業での業務が地方創生になるなど、「東北も漁業も本業も全部の仕事がつながっている」というハセガワさん。立ち上げた漁業団体も11年目を迎え、IターンやUターンの若者たちの就職先になったり、団体の職員が兼業として漁師に挑戦したりと活動の幅が広がっています。
大学院にも通う忙しさのなかですが、「ワーク・ライフ・バランスの線を引かない方が面白いんじゃないかと個人的に思っている」とも語ってくれました。
サラリーマンが兼業で
まちづくりのキーパーソンに?
ヒラツカさん@MR+クラフトビール製造


サラリーマンがまちづくりにまで
関われるのは、兼業しているから。


ヒラツカさん(43歳)
現在は製薬会社でMR(医薬情報担当者)として勤務。妻・子どもと4人家族で岐阜市に居住。岐阜市内で副業としてクラフトビール醸造所を立ち上げ、地域おこし・まちづくりにも参加している。
製薬業界を中心に何度か転職しながら、今は外資系製薬会社のMRとして勤務しているヒラツカさん。2019年、39歳のときに決心し、地元である岐阜で副業としてクラフトビール醸造所を開業しました。でも実は、もともと日本酒などには詳しかったものの、取り立ててビールについて知識があったわけではありませんでした。
お金については「生活資金は本業からもらっている」というヒラツカさんがクラフトビールづくりを通して得ているものは、「経験とつながり」。地元大学の学生が採取した酵母でビールを醸造したり、地元生産者と連携したりすることを通して、「コミュニティに居場所ができた」と語ります。今では、岐阜市内で出来立てのビールを楽しめるタップルーム(ビアバー)も経営。金曜夕方と土日はお店に立ち、地域住民や遠方からのお客さんともつながりをつくっています。「まちづくりにもっとサラリーマンもかかわれれば」と考えているそう。

また、本業の仕事は「ライスワーク」と言いつつも、仕事を通じての学びや、新薬が評価された際など給料以上に得られる手ごたえがあるそう。100Lのビールをつくると約30kg出る麦芽の搾りかすを実家の菜園で堆肥として活用しているだけでなく、畜産飼料にできないか、といった新しい社会とのつながり方についても検討を広げています。

3つめの変化は、人が働く原動力にもなる「手ごたえ」について。多くの人にとって、その中心は給与や昇進、昇給など目に見える報酬ですが、成長や人脈など複数の手ごたえを加えて自分なりの満足感を得ようとする生活者も生まれています。
それぞれが足し引きする手ごたえによって、報酬のかたちは多様になります。ひとつの組織だけに依存することにはリスクもありますが、複線化は依存度を下げることにもつながるはずです。
仕事をするうえで、様々な場面や種類の
手ごたえを得られるよう自分なりに工夫している

合計値は見た目の数値と異なる場合があリます。

証言!
手ごたえを複線化する働き直し
おばあちゃんが
YouTuberデビュー!
クニタケさん@「うきはの宝」


地域の料理、節目の料理を
ユーチュー婆として残していきたい。


クニタケさん(77歳)
75歳以上のおばあちゃんたちによる「うきはの宝株式会社」で働きはじめて6年、メンバーのなかでも最古参のひとり。田舎体験ができるグリーン・ツーリズムの先駆けや、食生活改善推進員を務めるなど幅広く活動。
福岡県のおばあちゃんたちがメディアやEコマースを運営する「うきはの宝株式会社」が立ち上がった際は、当時最も若い72歳ながらメンバーのサポート役として参加したクニタケさん。今ではアルバイトとして週3日出勤しているコアメンバーのひとりです。得意な料理の腕を活かして「ユーチュー婆」としてばあちゃん飯をつくる動画でも活躍し、「地域で昔から食べられてきた料理や節目のときの料理を残していきたい」と語ります。
「人に喜ばれるのが喜び」というクニタケさんは、『ばあちゃん新聞』やYouTube、テレビなどを見た全国の人から「元気をもらった」「ぜひ会いたい」など連絡をもらうこともあるそう。会社からもらった名刺に肩書を書くとしたら「田舎のばあちゃん」とのこと。「これがいいんです」と笑顔を見せてくれました。
農家として山菜を採って道の駅で売るといった仕事もしていますが、うきはの宝での仕事は「仲間と会っていろいろな話ができる。出店で販売するいろいろなものをつくって、売りに行けばそこでお客さんとの会話もある。そういうところが楽しい」と言います。

求めていた「手ざわり感」を
週末副業で
マツイさん@人材会社+カフェ


平日の「働く」と週末の「働く」で、
脳の使う部分を変える。


マツイさん(24歳)
新卒で入社した大手人材系企業で中小企業向けの法人営業を担当。飲食店経営を夢見るも就職したのは、どこに行っても通用するような人間力を身につけつつ、副業や起業も多い会社で同僚から刺激を得るため。
祖父母がお菓子屋さんだったこともあり、いつかは飲食のお店を開きたいと夢見ていたマツイさん。しかし、大学卒業後はまず「ビジネスパーソンに必要な人間力を短い期間で学べる」「副業や起業が身近な環境である」といった理由から、大手人材企業に入社。法人営業として中小企業を担当しました。
初任給を手に訪れた地元のカフェで、「こういうふうに社会とつながっていたい」と、初めてロールモデルと思える女性オーナーと出会い、週末はその店で副業することに。お店では朝にお花を生けたり、自分でつくった料理がお客さんに「おいしい」と言われたりするなかに求めていた手ざわり感があり、「自分らしくいられる時間」と語るマツイさん。
一方で、本業での業務についても「中小企業担当で、経営に携わる方々と向きあう機会がある。経営やマネジメントの知見を肌で感じられることは、自分の将来にも活きる」と得るものがあるようです。将来的に「30代にはお店を出したい。カフェ事業をやりながら、地域の人と食文化の担い手をつなぐ空間をつくりたい」と夢を語ってくれました。
