–日経クロストレンド㊾連載–
消齢化・多様化時代のブランディングとは
20代起業家の視点
こちらは「日経クロストレンド」からの転載記事です。
20代の起業家は、「消齢化」をどう捉え、何を感じているのか。今回は、連載の特別編として、博報堂生活総合研究所の書籍『消齢化社会 年齢による違いが消えていく! 生き方、社会、ビジネスの未来予測』から、arca代表/クリエイティブディレクターの辻愛沙子氏との対談の一部を抜粋し、広告・ブランディングや社会の変化と消齢化の関係性について紹介する。
※書籍『消齢化社会 年齢による違いが消えていく! 生き方、社会、ビジネスの未来予測』(集英社インターナショナル、2023年刊)から一部抜粋して掲載
辻愛沙子さんは大学生のときに広告ビジネスの世界に飛び込み、『news zero』の水曜パートナーを務めながら、現在はご自分が設立した会社で、企業の広告やブランディングからソーシャルプロジェクトまで手がけています。
27歳の若きビジネスパーソン・辻さんに、ご自身が感じてきた社会の変化をうかがうと、消齢化社会における企業やブランドの変革のチャンスが見えてきました(※年齢は取材当時)。
見えなかった差異に光が当たるようになった
――消齢化という現象について、どんな印象を持たれましたか。
辻愛沙子氏(以下、辻) 私自身がここ数年、「今までのターゲティングの常識が変わりつつあるのでは?」ということや、「年齢や性別のような『定量的』な指標のみでターゲティングするの、やめませんか?」ということを言い続けてきたので、消齢化の話はとても面白く受け取りました。
マス向けの商品でもこれまでのステレオタイプなターゲット設定からの転換が広がってきたことを一生活者の目線から感じたのは、例えばビールのCMの変化です。
かつてビールのCMにキャスティングされる女性タレントは、メインターゲットとされた働く男性に対して「お疲れさま」とねぎらったりエールを送る役割を担うことが多く、あくまで顧客は男性中心でした。
しかし、最近は女性自身がターゲットの一部を担い、ビールを自ら楽しんでいるCMが増えています。これは単に女性がビールを飲むようになってきたという時代変化による影響ではなく、これまでも存在していた女性消費者にも目が向けられるようになってきた変化なのではないかと捉えています。
これまで、ビール=中高年男性のものというステレオタイプがブランド側にも世間のイメージの中にも根強くあり、実際に存在している女性顧客がマス・マーケティングの中で不可視化されていたわけです。
このように年齢や性別といった旧来的なセグメントの切り方をすることで、無意識のうちにステレオタイプなターゲット像に固定化してしまうケースは少なくないように思います。
同じように、昔から日本酒やビールが好きな女性もいれば、スイーツが好きな男性だって社会には普通にいるはずですよね。しかし、一人ひとりの違いに細分化してメッセージを届けられるコミュニケーションの手法がこれまで確立されていなかったため、手段として取れる一番効果的なマーケティング手法が“最大公約数的”な定量でのターゲティングだったわけです。
そうして届けられたステレオタイプな顧客像の外に、光が当たっていない個別のニーズが存在していた。生活者が変わったわけではなくて、メディアのあり方や、情報のインプット・アウトプットの仕方が変わり、生活者への「光の当て方」が変わったことで一人ひとりの価値観が可視化された、マス・マーケティングのセグメントの中に入っていなかった人たちが顕在化されただけなんじゃないかと思います。
――メディアの変化に伴い、生活者一人ひとりの価値観の違いが浮き彫りになったわけですね。生活者とメディアの関係はどのように変遷しているのでしょうか。
辻 かつては、芸能人は「画面の向こうの人」で、私たちは「お茶の間の人」という感覚がありました。そういった「みんなが(画面の向こうである)同じ番組を見て、同じ情報に触れていた時代」から、少しずつ環境が変わっていき、他にも情報の選択肢が増えていった。
少し前には、読者モデル出身の芸能人や人気ショップのカリスマ店員が話題になったりと、私たちの生活圏の中からスターが生まれ、個人発でものが売れる時代が訪れました。それでもまだ「私たちの側(情報を受け取る側)から、発信する側に行く」という感覚に近かったわけです。
平成も後期に入ると、メディアのあり方がInstagramやYouTubeのようなSNSに移り、メディアがさらに民主化されて情報を受け取る側と発信する側のボーダーラインがかなり曖昧になっていきました。発信する側に回ることもあれば、受け取る側になることもある。その結果、発信されるものや可視化されるニーズも人の数だけ多様化していったわけです。
現在さらに状況が変わりつつあるのを感じています。TikTokでのバズは、「誰が発信者か」「誰が作ったか」が不明瞭なものも多く、個人発だった従来のSNSからさらに民主化された情報の広がりが見て取れます。
有名なあの人が発信したから、という文脈すら薄れつつあり、一億総発信者社会、もはや「スターが存在しない世界」になりつつあるように思います。Twitterでも最近はアカウントの大小にかかわらず情報が拡散されていくことも日常化しており、「この人がやったから確実にバズる」という傾向がなくなりつつありますね。
――SNSによって情報の受け取り方や、人とのつながり方は大きく変わりました。
辻 「Z世代について教えてください」と聞かれたとき、私は「『世代』ではなく『時代』で捉えることが重要」だと常々お話ししています。触れてきた情報の違いから年代毎になんとなくの価値観の傾向はありますが、同じ年代でも価値観が合わない人は合わないし、親の年代でもバイブス(ノリや雰囲気)が合う人はいますよね。
年齢はあくまでインプットしてきた情報の傾向であって、当然一人ひとり価値観も性格も違うわけです。ひとくくりにはできない。しかし、先ほどお話ししたように情報やメディアの変遷に伴って変わりうる“時代”を傾向として捉えることはできると思っています。
時代の変化によって、これまでも存在していたけれど見えづらかった声が可視化されやすくなり、誰かが声をあげたときに「私もそう思う」という人同士がつながれるようになってきました。
例えば「LGBTQは全人口の10%弱いる」といわれていても、学校のクラスの中で当事者が自分だけだったりすると「私だけが周囲と違うんだ、周りに共感できる人が誰もいない」と感じてしまうかもしれません。しかし、メディアが個人化し細分化されている現代社会では、SNSを通じて同じアイデンティティーの人に出会うことができる。
「みんなこう考えてるよね」と言うときの「みんな」、別の言い方をすると「世間」という大きな主語が少しずつ解体されていき、ステレオタイプ的な姿の外にある、それぞれがもともと持っていた固有性やもともと存在していた小さな声が点として可視化され、それが線になり面として社会に“見える化”されるようになったことは、大きな変化だと思います。
“古き良きもの”と“新しいブランディング”の出合い
――辻さんのご興味の中で、上の年代と下の年代の価値観の差が消えていく現象を感じることはありますか?
辻 最近アナログ回帰の流れを感じていて、例えば今、レコードがはやっていますよね。ある程度上の年代にとって、レコードは「若い頃にはやった懐かしいもの」だと思いますが、若い年代にとっては「新しいもの」です。
例えば、お父さんのレコードコレクションからレアな音源が出てきて娘が喜んだり、お母さんのタンスの肥やしになっていたブーツカットのデニムを今のギャルたちが着たりする。「もうこんなの古いんじゃないの?」とお母さんはびっくりするけれど、娘のほうは「いや、今Y2K(2000年代に流行したファッション)が来てるんだ」みたいな話をする。
このように、実は2つの年代はまったく違うニーズを持っていて、そのニーズの“共通項”にシーンの盛り上がりがあるように思います。
――若い年代が、上の年代がなじんでいたものに逆に「新しさ」を感じるわけですね。
辻 先日、若年層女性向けWebメディアで陶芸の特集をやっているのを見て驚いたんですが、特にコロナ禍になって以降、若者のトレンドがかなり変わってきたと感じます。
いわゆる現代の若者たちは「デジタル・ネイティブ」といわれており、常に誰かとつながっているのが当たり前。さらに、スマホに聞いたら答えが返ってくるのが当たり前の環境で育ったがゆえ「既に自分の外に答えがある状態」に慣れ過ぎていて、自分の存在意義や、自分が介在する意味みたいなものを感じづらい世代とも言えるのではないかなと。
その影響からかここ数年、「Z世代」の中に「自分で焼いたお皿でご飯を食べたい」みたいな、数値化しづらい、手触り感のあるものや体験を求めるトレンドが出てきています。
例えば、お香や先にあげたレコード、クラフトコーラやスパイスカレー、苔(こけ)玉などの植栽といった“モノ”的なトレンドもひとつですし、タフティングという1950年代から活用されているラグの製法を体験できるワークショップのブランドが人気を博していたり、昭和と平成初期にはやって今再ブームがきているサウナ、他にも金継ぎや陶芸、お茶や酒蔵回りといった古きよき伝統的な文化を再解釈した“コト”的なトレンドもInstagramを中心に盛り上がっているように思います。
具体を挙げると本当にたくさんあるのですが、先述したタフティングスタジオの「tufting studio KEKE(タフティングスタジオ ケケ)」は、予約枠が解放された途端、数分で売り切れるほどの熱狂的人気を誇っており、徳島県三好市にある三好敷物のブランド「MIYOSHI RUG(ミヨシ ラグ)」とパートナーを組んでいます。その「MIYOSHI RUG」も、もともとは担い手不足で工場閉鎖の危機にあった古き良き伝統産業を若者が再建し、SNSを中心に大きな人気を呼ぶ一大ブランドになっています。
また、1875年から鹿児島で続く焼酎の蔵元の大山甚七商店(おおやまじんひちしょうてん)は、伝統的な焼酎の製造を続けている一方で、「JIN7(ジンセブン)」というスタイリッシュなクラフト・ジンのシリーズを出していて、飲食店経営者やお酒好きのインフルエンサーを中心に人気を博しています。
――今挙げてもらったような若い年代にアプローチする商品やコンテンツを生み出す上で、何がポイントになるでしょうか。
辻 昔からある製法やブランドに若い年代が出合い、「これ、イケてる」ということに気がついて、届け方を変えたのが「tufting studio KEKE」や「MIYOSHI RUG」「JIN7」でした。同じような「古き良きものを新しいブランティングと繋げる翻訳家」の役割が今の日本には必要とされているし、そういう人が増えていくことで、面白いリバイバル・カルチャーがまだまだ開拓できるように思います。
消齢化の時代だからといって、異なる年代や人々が、完全に同じ価値観を共有するということではないと思っています。その代わり、異なる年代が伝統や製法といった部分的に共有できる価値観があって、その共通点を橋渡しに、異なる文化の違いを行ったり来たりすることで新しいカルチャーが生まれることが面白さになるはずです。
もうひとつポイントになると思うのは、「物質的なモノや権威ではない、空気感や価値観ベースでの共有」です。よく「有名人のかばんの中身」だったり「お部屋に訪問」みたいな企画がありますが、最近私が注目している「キオク的サンサク」というYouTubeチャンネルでは、アパレルで働いている人だったり美容師さんといったいわゆる「一般の方」のルームツアーに特化しています。
視聴者にとって全く違う特別な世界をのぞく楽しさではなく、自分と近い目線や環境にいる、ともすると友人たちのような距離感の人たちのセンスや文化を一緒に共有している楽しさがそこにはあるんです。そういった、空気感や価値観ベースで信頼できる世界観をキュレーション(収集、選別)し、たくさんストックしている「商店」のようなコンテンツが人気を集めつつあるように思います。
→続きは日経クロストレンドのページからご覧ください。
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プロフィール
辻 愛沙子
arca代表、クリエイティブディレクター1995年生まれ。社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観にこだわる作品作り」のふたつを軸として、広告から商品プロデュースまで領域を問わず手掛ける越境クリエイター。2019年11月より報道番組「news zero」の水曜パートナー。独自の世界観の表現を通して、若い女性を中心としたトレンド・カルチャーを創っている