2026年の生活者潮流の展望
みんなの最適解から、自分だけの正解を求める生活者へ

博報堂生活総合研究所は、40年以上にわたって変わり続ける生活者をみつめ、
数多くの提言を積み重ねてきました。
人々の意識や行動に寄り添い、つぶさに観察することから生まれた生活者の洞察は、
いわば「生活知」とも言える領域であり、時代潮流の変化を理解するために大切な知見といえます。
今回は2026年の生活者潮流の展望について、本年より博報堂生活総合研究所所長に就任した帆刈が解説します。
2025年、対面が常識とされた行動にもデジタル化が広がる
2020年から23年にかけてのコロナ禍の期間において、
ソーシャルディスタンス、非接触の推奨とともに、生活者は生活領域のデジタル化を広く受容するようになりました。これまでには考えにくかった、授業や飲み会といったことまでオンライン化が受け入れられたことは記憶に新しいかと思います。
例えば、ビデオ通話サービスの利用率は2020年に大幅に増加し、その後も着実に上昇を続けています。

更には、以前では考えにくかった行動までオンライン化が受け入れられるようになっています。ご祝儀、面接、退職願いといった従来は対面が常識と考えられていた領域でも、若者の約半数はオンラインでも構わないと回答しています。

生活のデジタル化は、生活者に恩恵をもたらし、特に効率性や利便性の向上が実感されています。

2026年、生活のデジタル化は更に加速するのか?
その一方で、生活者に今後のデジタル化意向を聞くと、生活者は自分の生活をデジタル化することにさほど積極的ではなく、むしろアナログの方を増やしてもいいのではないかと思い始めていることが分かります。


私たちが数多くの生活者と対話する中で分かってきたのは、次のような生活者意識の変化です。デジタル化によって確かに選択肢は広がったが、一方で情報過多のプレッシャーを感じるようにもなった。レビュースコアなど世間の評判がわかり、人と同じ無難な選択ができるようになった一方で、自分にぴったりくる偶然の出会いが減ったというような意識です。
ここから分かるのは、生活者はデジタル化のメリットを享受する一方で、他の誰かの評判に振り回されるようになり、自分の主体性が損なわれていると感じはじめていることです。
だとすると、生活のデジタル化は今後も更に進むとしても、生活者は他の誰かの情報に振り回されすぎないように、自分だけの正解を模索するような行動を取って行くのではないでしょうか。
生活者は「自分だけの正解」を見つけたい
デジタル化で生まれた行動の一つに、オンラインでレビュー(口コミ)を確認する、という行動があります。様々な人のレビューやスコアがオンラインで確認できるようになり、世間の評判が素早く分かるようになりました。ただし、それはあくまで世間一般の評判であり、生活者は自分にとって正解までは分からないということを理解しています。そこで、「自分だけの正解」を探す行動が生まれはじめています。例えば、レストランサイトでレビュースコアは低いけれど、気になるお店にあえて行ってみるような行動です。同様の動きはデジタル化が日本以上に生活に浸透している中国でも見られています。ビッグデータが提示する情報環境に対して疑問を抱き、あえて逆張りするような行動「反向〇〇」という行動が生まれています。生活総研(上海)のスタッフによれば「反向旅行(逆張り旅行)」という言葉があるといいます。これは、ハイシーズンに人気の観光地へ行くのではなく、あえてオフシーズンに観光することやまだあまり知られていないマイナーな場所を探して訪れるというものです。
生活者は、たとえ失敗を経験しても構わないから自ら試行錯誤したい、自分自身で予想外の驚きや発見に出会いたいと感じはじめているのです。

生活者はモノに自分の感情を刻みたい
また、とある高校生にインタビューした際、勉強は絶対に紙の本を使う、という印象的な話がありました。
「例えば単語帳とかは、自分がずっと使い続けてると、黄ばみができたりとか、カバーが破れてきたりだとか、そういうことが顕著に現れるようになってきて、「自分こんなにやったんだ」なみたいなことを、めちゃくちゃ感じさせてくれる。自分でボロボロにしたから達成感あるけど、他の人から見たらそれは「汚い」になるんです。だから自分の手でやることはめちゃくちゃ重要なんです。単語帳は自分の熱意とかを表してる、自分の将来のために「努力した賜物」なんですよ。」 (生活総研インタビューより)
デジタルデータは劣化しませんが、その分生活者は感情を込めるのが難しいと感じています。生活者は自分の熱意のように形のない「感情」をものに刻印したいという欲求があるとき、デジタルではなくアナログを大切にするようです。使い込まれてボロボロになった参考書は、彼にとって達成感と自信を感じさせてくれる、努力の生き証人なのです。
このような感情と向き合いたいという欲求は社会のあちこちでも生まれています。各地の図書館で利用されている「読書通帳®」というものがあります。これは、貸し出し履歴を印字することで、本への愛着を高めるものとして注目されています。デジタル化で不要とされた通帳が、読書という生活者の感情体験の中で生まれ変わっていることは、非常に興味深い現象です。
企業ができる手助けは、客観評価の提示から、主観刺激へ
では、自分だけの正解を求めはじめた生活者に対して、企業はどのような手助けができるでしょうか。最後に今後企業に求められることの一例をご紹介します。
①味方の一員になる
客観評価の提示は、ある意味「周りはこうです、だからあなたもこうすべきだ」というアプローチです。これも大切ではありますが、同時に「あなたはこうでしょう、だからこうしてもよいのです」という味方の立場に寄り添うアプローチも重要になります。例えば、毎日の習慣化を促すメッセージだとしても「頑張らなくても良い」といったスタンスで提示することで、生活者の欲求に沿ったメッセージとすることが可能です。
②運命の出会いを設計する
何でも一瞬で手に入る時代だからこそ、単なるクリックではなく、「苦労して巡り会えた」という物語が大切になります。画面で見たのと同じものが届く利便性の裏側で失われがちな、ものとの「ご縁」や「絆」を自ら発見し、獲得するプロセスを提供することにより、「運命の出会い」をデザインします。
③感情を深める余白を設計する
感情を深める余白とは、高速で情報が流れるタイムラインから離れ、一つひとつのコンテンツとじっくり向き合い、自分が抱いた感情を深める時間や空間のことを意味します。他人の感想に上書きされることなく、生活者が自らの感情を深めていくことで、自分の感情体験が、一層記憶に残るものとなります。また他人にもシェアしたいという意向を高めることにつながります。
生活者とデジタルの付き合い方は、AIの登場によりこれからも大きく変化していくことが予想されます。今後も生活総研ではAIを含めたデジタルと生活者の付き合い方、意識の変化を洞察し、企業と社会への提言を行ってまいります。
これからの生活総研では、生活者の感情表出を研究
生活者がデジタルと付き合うようになって起きたもう一つの変化として、ソーシャルメディアにおける炎上への忌避があります。生活者はソーシャルメディアでの炎上や反論を恐れて、自分の感情をデジタル上で表現しにくくなっています。また近年、コスパ、タイパといった効率性重視の考えから、感情を出すことはコスパが悪いことであるといった意識が広まり、さらにはハラスメントの顕在化や多様性への配慮などから感情を表出しない方が得策であるという考え方が広まっていると考えています。こうした中、日本社会では感情の低表出化が進んでいる可能性があります。
一方で、感情は人の心を動かす原動力であり、感情を表出しないということは、人間的なつながりの希薄化、またビジネスにおいても組織の活力低下や消費意欲の低下につながる懸念もあります。
そこで来年2月の講演では、生活総研の最新調査や社会潮流の分析をもとに、日本社会で広まりつつある「感情の低表出化」に着目し、生活者の変化とそこで生まれ始めた新しい欲求を探っていきます。この研究成果は今後もニュースリリースやWEBサイトなどを通して発信していきます。生活総研のこれからの研究にも是非ご注目ください。
