おもしろさは感情に、
そしてさらに深い「インサイト」に触れること
僕は現在のENTAKU produceを創業するより前、まだサラリーマンだった2018年頃から土日のプライベートワークとして企画展を開催するようになり、もう7年以上続けてきました。当初は、クライアントがいるわけでもない趣味の展示なので自分たちの好きなテーマを設定して、友だちや家族といった周りの人たちが見にきてくれるような場所でした。
ところが2022年に発表した「やだなー展」が思いがけず広がり、僕たちの展示に一般の方たちが注目してくださるきっかけになりました。そして「やだなー展」が予想を超えて広がった大きな要因として「感情に触れられる展示」だったことがあると思い、感情をテーマにしたものづくりや展示会づくりをするようになり、そこから「いい人すぎるよ展」「うれしすぎるよ展」「すぎるよすぎるよ展」と、「うれしい」「めんどくさい」「気まずい」「せつない」といったいろいろな感情を集合体にした展示会を3~4年続けてきました。
さらに現在は、2025年に発表した「そういうことじゃないんだよ展」をきっかけに、広告業界用語で言うところの「インサイト」に触れることを意識しています。僕はインサイトを「胸の中に潜んでいる本当の気持ち」と定義していて、広告業界のあらゆる名キャンペーンや名コピーといわれるものはすべて「インサイトに触れるもの」だったと思います。
よく僕たちの活動を記事のなかで「『あるある』を展示する」と紹介してくださることが多いのですが、「あるある」ではなくて「インサイト」というところが結構重要な違いだと思っています。「あるある」はどんな方でも思いつきやすいものですが、「インサイト」で重要になるのは「言われてみれば確かにそうだよね」と思うようなこれまで気づかなかった気持ちや、「うわー、こんなことよく見つけたな」と膝を打つような発見感があること、つまり「感情の深いところにタッチする」ことで、これが僕らの大切にしていることです。
共感には浅いものも深いものもありますが、その深いものに触れて「ああ、そうなんだよな」と感じることを表すときに、この「インサイト」という概念は便利です。
例えば「いい人すぎるよ展」では、みんなが知っている「いい人」ではなくて、「言われてみれば確かにこういう人いるよね」というもの集めるようとすることで、おもしろい展示になっていきました。「ゴミを拾ってくれるから、いい人」だとみんな知っているからおもしろくないけど、「預かったゴミをずっと持ったままのいい人」は、「ああ、確かにいる!」ってなりますよね。こんなふうに「気づかなかったけれど、確かにそうだ」ということを言われるのがおもしろさなのだと思っています。
怒りという深い感情を、
「安心して楽しめるエンタメ」として展示する
「インサイト」や「共感」といってもいろいろな方向があると思いますが、なかでも「そういうことじゃないんだよ展」で扱った憤慨や怒りといった感情は、心の本当に深いところに根差しているものだと思います。「そういうことじゃないんだよ展」はそれまでの我々の展示のなかで一番反響があったので、「怒り」をテーマにもっと深掘りしていこうと企画したのが、東京では2025年11月から2026年2月まで開催した「怒怒怒ランド」で、これも大きな反響をいただきました。
「やだなー展」で感情に着目してから、「いい人すぎるよ展」~「すぎるよすぎるよ展」と感情をテーマにやってみて、人間の感情のなかで一番強くて深いものは怒りなんじゃないかという仮説のもと、もっと深いところにいこうと思って「そうじゃないんだよ展」をやってみて、さらに深いところにいこうと「怒怒怒ランド」をやってみて……というように、これまで企画してきた展示はつながっていて、深い方向へと成長させてきた形です。
「怒怒怒ランド」では、「怒りをエンタメに変換することで、楽しめるものにする」ことを企画展のコンセプトにして、ボールやボードを投げるような動きのある展示も設けています。展示を広げるにあたって昨今のSNSトレンドと向き合い、ショート動画やリールのようなものとの相性の良さから、動きがあるコンテンツを取り入れた面もあります。
来場してくださった方のコメント欄ではすごくいろいろな意見が出ていて、そのなかには展示に対して「この人はこんなことにイライラするの?」とか「これは怒っている側が悪いだろう」みたいに、僕らの意図とは全然違う捉え方をしているものもたくさんあり、そこで議論が生まれていることはすごくおもしろい。これまでの展示でもそうでしたが、僕たちの側から「これは意見が割れますよ」ということを提示しているから、安心してみられて、意見を言えるということもあると思います。
SNSが生み出す、
「安心して共感できる」という感情の集合体
SNSクリエイターの方と話すと、「『安心してコンテンツが見られる状態』をつくる」ということをよく聞きます。例えばすごく成功している人からの発信よりも、自分と同じあるいはちょっと下に見える人からの発信のほうが、人は安心してコンテンツを見ることができますよね。だから「日本一暇な夫婦」とか「限界OLの日常」みたいなあえて卑下するコンテンツタイトルを付けることで、フォロワーが安心して見られるような環境を意図的につくっている人がたくさんいますし、例えば「ダサいと思われる」ために、「アップする映像をきれいに撮り過ぎない」みたいなことが大事だったりします。
SNSクリエイターのなかで、ただの数字ではない本当の意味でのフォロワーやファンを獲得している人たちに共通しているのは、自分の駄目なところを先に提示したり、本当のことを言ってむしろ感情をすごく出すことで「エンタメ」にしてあげていることです。
確かに炎上があるたび「こういうことを言っちゃ駄目なんだ」とか「こういうことに傷つく人がいるんだ」ということが社会に加わるのをずっと繰り返していますから、生活総研が「感情ミュート社会」と名づけたように、だんだん言わない状態に落ち着いていくのもよくわかります。
一方で現在SNSで活躍し、支持を集めているクリエイターは、そのなかでも勇気を出して発信している人たちだと思います。みんなが言いたがらないことを正直に言うことが、「そんなこと言っちゃっていいんだ」という怖いものみたさも含めてユニークネスになっている。そして「私もそう思ってた」「言ってくれてありがとう」みたいに、自分もそこに同調して意見を言いたいフォロワーがつくようになっています。
SNSのアルゴリズムって、「興味を持った」とか「怒った」みたいな感情の集合体ですよね。僕たちの「怒怒怒ランド」がSNS上で広がっていったのも、「実は怒っていたけれど他人に言わなかったこと」がコンテンツとして出てきたことで、多くの人が持っている「ああ、そうだな」という実感とマッチしたということなのでしょう。