理不尽な炎上コメントは
「クリエイティブ」
神山:2025年9月に公開した「絶対にバズるSNS『Y』」(以下「Y」)は、映画のプロモーションとしてご依頼をいただき、弊社が企画・制作した体験型コンテンツです。私たちはAIをはじめとするテクノロジーを強みにしていきたいと考えており、また直近にも同じ映画会社さんとAIを絡めた別の施策でご一緒させていただき、「AIを使って何かおもしろい体験をつくっていきたいですね」と話していました。そこから、AIを活用して「写真を投稿したら、それに対して複数のSNSで炎上する体験」を提供する「Y」の企画に結びつきました。
プレイごとに生成AIの利用料がかかるため、クライアントからは最終的に100万プレイ分の予算が出ましたが、想定を超えるペースでバズり、リリースから5日、映画公開の一週間近く前に上限に達して一旦ストップになりました。その後、映画を観た人限定でプレイできる形で再開しています。
「炎上」にもいろいろありますが、キャンペーンである以上は楽しんでいただけるエンタメに仕立てる必要があります。そのなかで笑いに昇華できるのは「理不尽」という部分だと考えました。私はSNSをよく見る方で、普段から動画やニュースを見て「これって、こういうコメントが付きそうだな」と想像してからコメントを見たり、逆に「こんな誰も批判しなさそうなニュースにどんなコメントが付いているだろう」と興味本位で見たりしています。
そのなかでの発見として、アンチコメントをする人はどの投稿者に対してもアンチしていて、しかも「アンチのためにアンチしている」のでコメントが的を射ていないことが多いんです。そういうコメントをみると、「そんな切り口があったんだ」「その角度からツッコんでくるんだ」みたいな驚きがあって、ある意味すごく「クリエイティビティがある」と思います。それに最近は芸能人のブログやSNSが炎上したときに「こんなしょうもないことで炎上してしまった」とニュースになったり、炎上の理由をクイズにしたりと、「炎上」自体がすでにエンタメになっている部分があります。これをヒントに「理不尽さを目指して炎上する」という体験の骨子となるストーリーをつくりました。
芹川:炎上は基本的に禁忌・タブーだからこそ、逆張りコンテンツというか、「善いものではないからこそ惹かれてしまう」「怖いもの見たさ」みたいな魅力があるように思いますね。
炎上コメントの心理を
言語化してみる
芹川:理不尽な炎上を生成するにあたっては、実際の炎上事例を分析して「5段階の炎上ロジック」として言語化しました。まずは「1.あらを探す」ために画像のすごく細かいところを見たりして、例えば「盛り付けが季節感に合ってない」のように「2.自分のルールを押しつけ」ます。さらに「3.人格を決めつけて否定」して、「子どもが可哀想」「食材が可哀想」など「4.第三者に代わって攻撃」して、最後に「子どもの未来が不安だ」のように「5.決めつけて嘆く」。過去の炎上事例は大体このパターンから成っていました。
炎上コメントをする人にはそれぞれに正義感があって、コメントによって投稿者の行動変容ができると思っている節がある。もっとも元の投稿者が悪いことをしているわけではないので、実際に行動変容につながるとは限りません。
神山:「Y」は「自虐表現のジェレネーター」とも捉えられますが、「Y」に限らずこれまでにもジェネレーターによるキャンペーンの案件をやってきて、人は少し自虐したものの方がシェアしやすいと感じています。SNSユーザーは基本的に自分を少し皮肉的に表現したがるもので、私も「いいことを言い過ぎないもの」をつくろうと常に意識しています。それと、私自身も理不尽なコメントを見る度に「いや全然関係ないだろ」とツッコミたくなるんですが、「Y」ではAI生成されたアンチコメントに対してツッコむ、ある意味で「ツッコミにツッコミをのせる」ような体験を設計できたことでここまで広まったと分析しています。
岡田:提供しているのは「的外れな炎上」なので、ツッコミというよりむしろボケですよね。ボケに対してユーザーがツッコむ掛け合いがうまくやれていたから、笑えるものになったんだと思います。
芹川:関連しておもしろいデータがあり、「Y」はなぜか大阪ですごく流行ったんです。やっぱりボケとツッコミがうまくかみあうのが大阪の笑いなのかなと思いました。
神山:そこまでキツいコメントがつくわけでもないので、そんなに傷つくことはないとわかったうえで、「安全にアンチされる」ことの安心感もあったかもしれませんね。私自身もそうですが、SNSは「こういう投稿をするとこう言われるかもしれないから、避けておこう」みたいなことを考えながら投稿している部分がありますよね。SNSは、もともと自分本来の姿を出せるような場所でしたが、今は「誰にとっても無難なこと」を言わないといけない空気があり、気を張らないといけない場所になってしまった。みんなが発言に気をつけている風潮のなかで出てきたことも「Y」がバズった理由だと思います。
AIに「魂が宿っている」と
感じるようになった
神山:技術的な面では、生成AIは「一般的なこと」を言ってくれるものなので、「どうやって理不尽さをつつかせるか」には意識して取り組みました。それに加えて、「何を言わせないようにするか」にも時間をかけています。「違法なことや性的な表現、政治的、宗教的な話題には触れない」といったルールは比較的すぐに理解してくれますが、不妊やジェンダーといった昨今の課題にはAIの情報が追いついていない部分があります。そういうところはAIの出力の課題を人間側で洗い出して、フィードバックする形でプロンプト制作を進めていきました。
岡田:「戦争の話題を出すな」のようにひと言で指示するのではなく、人間に対してするように「○○という理由があるので、戦争の話題を出さないでください」と理由と合わせて説明すれば、AIも理解してくれるんですよね。
神山:AIはよく効率化などの用途でつかわれますが、「Y」ではAIを「演出家」として捉えました。私たちの感情は言語化できることがわかり、AIを演出家としてつかうことで感情をある程度操作することもできる時代になってきたわけですが、「ありたい自分であるためにテクノロジーをつかう」といった良い方向に使えると私は思っています。
芹川:仕事やプライベートでAIとつきあっていくなかで、AIに腹を立てることがあります。AIは、いってしまえば「もの」で「機械」なわけですけれども、そこに対しても結構ちゃんと怒ってしまうことがおもしろいですし、逆に「この子と一緒に働きたいな」とAIに対する信頼感みたいなものが形成されているのもおもしろいですね。今までの「もの」との向きあい方とは変わってきたと感じます。
神山:信頼感もそうですし、「自分にとって一番の味方だ」「自分の分身だ」と感じられたりと、AIに本当に魂が宿っているように感じられるのは大きいことですね。