消費対流 「決めない」という新・合理

有識者インタビュー

行動経済学からみた
「決めない」消費

明治大学
情報コミュニケーション学部
専任講師

後藤 晶

広がりつつある「決めない」消費。その背景や、意識の基底にある価値判断について、有識者はどう考えるのか。今回は、明治大学情報コミュニケーション学部の後藤晶(ごとう・あきら)先生に、行動経済学の視点も交えてお話をうかがいました。

「決めない」に込められた2つの意味

今回のキーワードになっている「決めない」。この言葉には、いろいろな意味が込められているように感じます。
ひとつには「判断の先送り」。この先の状況がどうなるかわからない時代的な不安定さがあるなかで、「今決断をしたくない」という意識や、何かを所有すると決めることがリスクにつながると感じる気持ちが高まっているのではないかということです。これは言い換えれば「決めたくない」という意識だといえます。

そしてもうひとつは「決められない」という意識。買うものや物事を決めようとしても、判断の元になる情報の量がとにかく多すぎて選べない状況が生じているということです。今は企業側が発信する情報以外にも様々なメディアやユーザ発の情報など多様な情報を参照できます。特に若者はスマホを使って検索してすぐにたくさんの情報に辿り着く。とはいえ、人間は選択肢が多すぎると選べなくなってしまうことを示した「ジャムの実験」からもわかるように、情報が多様になったことの弊害が出てきているようにも感じます。

「決めやすさ」づくりの大切さ

「決められない」という状況について言うと、行動経済学では「ナッジ」(うながし行動)という考え方があります。元々は「ひじで軽く突く」という意味なのですが、決められない状況にちょっとした工夫を加えて、「決めやすさ」をつくったり、決め忘れていることを思い出させて決めさせたりする手法のことを指します。アメリカでは、複雑な年金制度に対して加入の意思決定を促すために、ナッジの考え方に基づいた仕組みがいろいろと取り入れられています。
「決められない」生活者に対しては、そのような視点から、ストレスをかけずに「決めやすさ」をどうつくっていくのかを考えていく必要があるのかもしれません。

ものづまりの背景には「保有効果」も

消費プロセスの最後の「手放す」ところで、ものづまり状態が起きている背景には、「保有効果」が関係しているのかもしれないと感じます。行動経済学の「保有効果」は、一度手に入れたものに相対的に高い価値を感じて、それを手放すことに抵抗を感じてしまう心理的な効果のことを指します。「捨てること=損失」と感じる意識が強いと、なかなか処分できなくなってしまいます。最近では個人間取引など、ものを手放すためのいろいろな新サービスが出てきていますが、ものが売れる達成感が味わえるなど、手放す損失感の緩和につながる部分もあるかもしれません。

個人的な話ではありますが、自分も家にものが多すぎると感じています(笑)。面倒なので、捨てやすくしてある製品は買いやすいなと感じることもありますね。たとえば、余計なラベルの貼られていないペットボトルの飲料水。以前は「ラベルをはがさなくちゃ」と思いつつ、ついついやらずに空の容器がつみあがったこともありました。先に言った「決めやすさ」づくりだけでなく、処分のハードルをなくしたり、減らしたりして「手放しやすさ」をつくっていくことも、これからの消費にとってカギになるのかもしれませんね。

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