みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2020.02.27

第31回

新春は「新巻」から

from 北海道

生活総研 客員研究員
北海道博報堂

山岸 浩之

00季節の風物詩「新巻鮭」とは?

北海道のお歳暮、その定番ともいえるのは「新巻鮭(あらまきさけ)」であります。「え?それって鮭まるごと塩漬けしたあれですね!」とすぐに想像された方、どれくらいいるでしょうか。北海道では年末にかけて、スーパーでも日常的に見かけます。エラと内臓を取り、塩漬けで熟成させ、身の旨みをそのままに長期保存。先人の知恵がつまった伝統的な食文化といえます。お歳暮は江戸時代からの風習らしいですが、鮭が取れる地域で塩漬けされたものが、交通網の発達に伴って全国各地でも楽しめるようになり、「今年もお歳暮が!年末だなあ」としみじみ感じさせる季節の風物詩でもあります。
しかし、生活総研の生活定点をみると、年々お歳暮を贈る人は減少しており、20年前の半数程度となっていました。また、気候変動の影響でオホーツク海沖合いの鮭の漁獲高が激減と報道されており、大きな問題となっています。伝統的な食文化である「新巻鮭」を取り巻く状況はとても厳しいと言わざるを得ません。

「鮭箱」に魅せられたARAMAKIさん

さて、その鮭を送るための専用ケースとして「鮭箱」なるものがあることを知っている人は少ないのではないでしょうか。かつては、出荷する際に主にその土地の木材でつくられた木箱が使われていました。現在は、軽くて安価なダンボールや発泡スチロールの箱が主流となっています。それでも、輸送中に水分の調整ができたり、充分な強度があることから、昔ながらの「鮭箱」を使う水産加工会社もあります。北海道産のマツの間伐材が使われていて、使い込むほどに色ツヤに深みが増していくという特徴があります。
その鮭箱も役目を終えれば廃棄されてしまいます。多くは空き箱となって積み上げられたまま。しかし、それを再利用して、新たなものづくりに挑戦しているお二人がいました。北海道にUターンした宮大工と楽器職人のものづくりユニット、その名も「ARAMAKI」。鮭箱の可能性を見出した二人が繰り出すモノとコトに注目が集まっています。今回は以前取材させて頂いたARAMAKIの村上智彦さんと鹿川慎也さんに改めてお話しを伺ってきました。北海道博報堂オフィスに隣接する札幌市民交流プラザ(札幌文化芸術交流センター1階 SCARTSコート)で開催された展示イベントARAMAKI WORLDです。

時流に合った「適材適所」

宮大工の村上さんは、Uターンしたからこそ鮭箱の素材としてのよさやかっこよさに気づいたと話していました。鮭箱を譲り受けて、最初に作り上げたのは、シャケバッグ。私も実物を見て、かっこいい!と素直に感じてしまいました。宮大工には、木材を「大事にする」「使い切る」「適材適所」という教えがあり、鮭箱という素材を生かした「適所」を探し続けています。楽器職人の鹿川さんは、これまで1000本以上の楽器づくりに携わった後、北海道へUターン。偶然会った村上さんのものづくりに刺激を受けて、自分も鮭箱に命を吹き込もうと、北海道産マツ材の特性を活かした楽器を製作。そして、シャケ箱で作った「シャケレレ®」が生まれました。これまで使われていなかった素材、音の響きには新しさと温かみを感じます。使っている第一線で活躍しているミュージシャンからも高評価とのこと。
鮭箱には、産地や鮭の種類から、漁法、重量、選別方法、水産加工会社の屋号までが新巻鮭を届けるための情報として機能的に印刷されています。その独特の書体と色合いを活かして、独創的なデザインとなって生まれ変わっています。

  シャケレレ®      アタッシュケース        ドッグハウス
(撮影:辻田 美穂子)

ARAMAKIさんは、ものづくりとしては純粋にかっこいいものを求めながら、鮭箱の“現場”である釧路の木箱メーカーや製材所、水産加工会社も訪ね、直接話を聞いたそうです。北海道の産業としての課題も実感し、気持ちを新たに製造会社と一緒に製品を開発したり、第一次産業の未来について考える場をつくるなど活動の幅も広がっています。鮭箱から発想し、新巻鮭を取り巻く食文化の活性化を目指すおふたりの姿勢には、地域のこれからを考えるヒントが詰まっていました。

逆流を遡って新しい豊かさを

ARAMAKIさんが目指したいのは、新しい豊かさを育てること。豊かさの本質は変わりませんが、その考え方や姿は新しくなって変化していくように感じます。
「新巻」の字は諸説ありますが、時代を経て「新しく収穫された鮭」「新物の鮭」と解釈されるようになったそうです。日本の各地域で、新しい年のはじまりを祝うために活躍する新巻鮭と鮭箱。人と人の縁を大事にして、互いをつないで温かい関係をつくるという豊かさを提供してきたはずです。これからも北国の風物詩としてありつづけながら、その価値が長く保存されていくといいなあと願うばかりです。そのためには、新しい豊かさを見出していかねば。
ARAMAKIさんいわく、箱はあるけど鮭はないのか?と聞かれることがあるとのこと。鮭は札幌でも人気があります。北海道米をつかった鮭おにぎりや鮭茶漬け、ちゃんちゃん焼きや石狩鍋等、どれも北海道民にはなじみの料理であり、食生活を支えています。総務省の家計調査では、札幌市で鮭の消費額がNo.1だったりします!

鮭の料理、鮭の商品はまだまだ開発できる余地があるかもしれません。鮭だけに逆流を遡ってアイデアを生み出していこうと誓い、新たな1年をはじめたいと思います。

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