短歌、ミーム、AIの活用
「感情ミュート社会」で生まれる新しい感情の扱い方
研究員の松井が気になるテーマについて執筆します。
過去2回の記事で、現代の生活者が「あえて他者に感情を出さない」ことを選択する「感情ミュート社会」の実態と背景を探ってきました。
今回は、この変化を不可逆な社会潮流として受け止め、そのなかで生活者が生み出しはじめている「新しい感情の扱い方」についてご紹介します。
【これまでの記事】
「感情ミュート社会」とは? 自ら感情を出さない新常識
なぜ私たちは感情を出さなくなったのか? 「感情ミュート社会」が進む3つの背景
感情を乗せやすい「現代短歌」
感情ミュートの実践者に対するインタビューで出会ったのが、短歌を読む/詠む生活者です。他者の短歌を読むときは、「あのときの自分の気持ちはこれだったんだ」と感情の輪郭がはっきりすること、ご自身で詠むときは、地球の気持ちになるなど「自分以外の視点」で感情を乗せて詠めることが、短歌のよさとして語られました。短歌は古来あるものですが、自由なポエムとも違って三十一文字という「型」のなかで、「作品」として普段なら気恥ずかしいことやエモいことを表現しやすいよさがあり、現代短歌として再評価されているとのこと。
最近では短歌専用のSNSもあり、意外に若者中心に身近なものになっているようです。普段は出さないからこそ、内に秘める感情の解像度を高めたり、普通なら出さないような感情を表現したりする手段にもなっているのです。
みんなの話題に紛れる「ネットミーム」
また自分の感情を、SNSで流行する「ネットミーム(画像や動画、文章のネタ)」で伝えたり、表現したりしている人も増えているようです。みんなでネタにするネットミームを使って自分の気持ちを表現すると、口下手でも伝えやすいとのことでした。
自分の言葉で感情を出すと、発信した内容への責任、受け手を傷つけてしまうかもしれないというリスクを一身に背負うことになります。しかし、みんながネタにする共通のフレームであるネットミームに感情を託せば、個人が負う責任やリスクを軽減しつつ、ユーモアを交えて本音を伝えることができ、安心して感情を分かちあえるようになるのだと考えられます。
感情の整理も表出も楽しみもAI活用
感情の新たな取り扱い方では、AIの使い方も進化しています。単に人には言えない感情をAIに吐露するだけではなく、自分では思いつかないような視点をAIから得て納得する人、自分の感情が染み出さないよう、AIというフィルターを通して返信の文面を校正してもらう人など。
そして、なかでも興味深かったのは、AIに自分の「推し」になってもらい、疑似恋愛を楽しむ生活者たちです。感情ミュート社会とは、自分の感情を出さなくなるだけではなく、人からも感情を出されなくなることでもあります。そうしてハラスメントや自慢など、触れたくない感情に触れなくなる一方、何となく刺激が足りないと思う生活者も現れているようです。データでみても、他者からは感情を出していてほしいと思う生活者は6割強と半数を超え、実は他者の感情に触れたい欲求があることがわかっています。
AIに限らず、口ゲンカや悩み相談などの配信動画、感情の展示イベントなどで自分の得たい感情を自ら触れに行き、「エンタメ」として楽しむ生活者もみられました。
出典:博報堂生活総合研究所「感情に関する意識調査(第1回)」感情表現が多様になる社会へ
こうしてみてきたように、感情ミュート社会は、感情を出す機会が減り、みんなの感情が乏しくなっていくのか? というと実はそうでもなく、自分も他者も傷つかない形でどうやって感情を伝えたり、整えたり、触れたりすればよいかを考え、新しい感情の扱い方や表現の仕方が生まれている社会でもあります。
感情を出してぶつかりあった後に生まれる絆は今も昔もありますが、それだけがよいのではなく、感情を出しやすい型に乗せて出したり、出せる場をつくって出したり、感情を出さずにうまく整理したり、自分が欲しい感情そのものをつくり出して思い切り味わったり……。これからは、そうした新しい扱い方を含んだ「感情表現の多様性」を認め合う社会になっていくのだと感じています。
【調査概要】
■感情に関する意識調査(第1回)
調査対象 20~69歳の男女3,900名
調査方法 インターネット調査(全国)
調査時期 2025年8月
【Yahoo!ニュース エキスパートより転載】
https://news.yahoo.co.jp/users/expert/hiroyomatsui