有識者インタビュー

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あなたの五感はどこまでですか? あなたの五感は
どこまでですか?

テクノロジーによって、
「味の伝送」や「味覚の新体験」が
可能になる未来を目指して

宮下 芳明

ヒューマンコンピュータ
インタラクション研究者

テクノロジーによって
感覚を拡張することは可能

僕たちは今日、画像や映像を制作するのにも、シンセサイザーで音楽を制作するのにも、コンピュータを使っています。それらの制作物(コンテンツ)を享受する時も、スマホやPCで鑑賞しているわけですから、コンピュータを介在させていますね。
このように、表現の「創造」「発信」「享受」といった場面で人との間に介在しているコンピュータのさらなる可能性に興味をもって幅広く研究しています。
その一環として、「味を表現したり、享受したりするためのメディア」としてのコンピュータの可能性を、「電気味覚」や「味ディスプレイ」といったアプローチで研究してきました。
味覚について考えていく前に、そもそも「感覚」とはなんでしょうか。
光(視覚)や音(聴覚)といった外界からの刺激を受け取った、「受容体」と呼ばれる体内の構造が電気信号を発生させます。その信号が神経を介して脳に伝わることで、僕たちは外界を把握しています。これが「感覚」です。
ですから、受容体を強制的に反応させたり、もしくは電気信号そのものを神経に伝えたりしても、人間はそれを「感覚」として理解します。天然の刺激による信号だろうが、人工的につくられた信号だろうが、受け取る側の脳にとっては関係ないのです。
視覚においては、電気刺激によって眼内閃光と呼ばれる現象を生み出せます。顔に電極を貼り付け電気をかけると白い点が見えるのです。僕自身も体験していますが、通常の人間の視野よりも外側まで光って見えるのに驚きました。網膜上で普段は光が当たっていない受容体もある、ということなんでしょうね。これを応用すると、我々人間はもっと広い視野を感じる生物になれるかもしれません。また、嗅覚においても同様で、鼻の上の方に電極をつけて電気をかけると匂いも感じられます。もちろんこれも僕は体験したことがありますが、水に溺れかけた時にツンとくるような、なかなか現実世界では感じられない不思議な匂いでした。これを応用すれば、未知の匂いすらも生み出せるかもしれません。言い換えると、我々はテクノロジーによって感覚自体を拡張することができるのです。

健康を気にせず、
美味しいものを味わえるテクノロジー

僕はこれまで、学生たちとともに金属製のフォークや箸といった食器に電気を流すアプローチの研究をしてきました。食べ物を伝わって舌へと電流が流れて、感じる味が変わるんです。食べ物の塩味、ワインの酸味などは如実に変化が感じられます。
なぜこんな現象が起こるのかというと、受容体への刺激だけでなく、飲食物の中にあるイオンが電流によって動くからです。例えば食塩が溶けたときのナトリウムイオンは、電気が流れることで舌から離れたり、近づいたりする。これによって味を薄く感じたり濃く感じたりするんです。
この現象を応用し、薄い塩味を濃く感じさせる電気フォークなどを開発しました。例えば「味の薄い病院食を美味しく味わう」ことができるようになります。
考えてみると僕たちは食に関して、「しょっぱいものを食べ過ぎると高血圧になるかもしれない」「甘いものを食べ過ぎると太るかもしれない」と考えてしまい、本当はもっと味わいたいのにそれを我慢しています。
将来、このテクノロジーが発展していけば、僕たちは思いっきり美食を楽しんで、なおかつ健康を保つことができるようになる。栄養と味を分けて制御して、肉体面でも精神面でも豊かになれるのです。

電気フォーク(当時 宮下研の院生だった中村裕美氏と共同開発)

コンピュータで、料理の味を再現する

もうひとつ、僕が実現したかったことは「味の伝送」です。ビデオカメラで録画した映像が画面に表れる。マイクで録音した音がスピーカーから聞こえる。同じように、センサーで記録した味を、空間を越えて再現できるようにしたい。これは、感覚表現のメディアとしてのコンピュータが実現すべき課題だと思います。
味を測定するテクノロジー自体は90年代からすでにあります。その測定値に基づいて「味の再現」をするにあたり、味のする複数の溶液をスプレーして混ぜる方法を開発しました。原始的に思えるかもしれませんが、この方法なら、イオンにならず電気で動かせないスクロース(ショ糖)のような物質でも使うことができます。それに塩味、酸味、甘味、苦味、うま味という「基本五味」にとらわれず、本来は「痛覚」である辛味や、「嗅覚」である香りのフレーバーなど、厳密には味覚ではないけれど食体験を再現するのに必要な感覚も組み入れることができます。
このおかげで、かなりの精度で飲食物の味を再現できるようになりました。アレルギーで特定の食べ物を味わえない人にも、その味を体験してもらえますし、毒キノコですら安全に味見できますよ。
また、僕がつくった「味覚ディスプレイ」では、透明なシートに溶液をスプレーして混ぜることで味を再現し、その下に設置した液晶モニタに元の食べ物の画像を映します。映っている食べ物を舐めるとその食べ物の味がする体験が得られるわけです。視聴覚と並ぶ味覚のメディアが誕生したことを主張すべく、Taste the TV(味わうテレビ)、略してTTTVと名付けています。

味わうテレビ TTTV

「テレテイスト」が創造する料理の未来

歴史を紐解くと、科学者たちは先進的なテクノロジーをたくさんつくり、社会実装にも貢献してきました。だからこそ、このコロナ禍という人類未曽有の危機に、「間に合っててよかったな」と思えるテクノロジーがたくさんあります。ステイホームな状況下でも「テレビジョン」で情報を得られるし、「テレフォン」で会話できるし、インターネットやPCなどが整備されていたおかげで「テレワーク」もできました。
しかし味覚の伝送技術は生まれたばかりで、その普及まではコロナ禍に間に合いませんでした。科学者のひとりとして、これをとても悔しく思っています。
できれば2040年頃には「テレテイスト」を実現させたいと思っています。世界中の美味しい味が、家に居ながらでも味わえるのが当たり前の時代にしたいです。
その時代を生きる人々は、今よりもっと幸せになれるはずだと思います。現代で、エジプトに行ったことがなくてもみんながピラミッドの映像を見たことがあるように、世界各地の美味しいものを誰もが味わったことがある人生になるはずです。僕自身も、自分が生まれ育ったイタリアでの料理の味を毎週楽しみたいですね。コロナ以前だって、そんなに頻繁に行けたわけではありませんでしたから。
こうした幸せを多くの人に体験してもらうことによって、じわじわと社会実装をすすめたいですね。スマホでも電子マネーでもなんでもそうですが、新しいテクノロジーというのは一度それがある生活を体験すると、今度は逆にそれがないことを不便に感じるようになるものです。未来では、料理の写真だけがSNSでシェアされるのを物足りなく思ったり、テレビでナレーターが言葉や表情で味を伝えようとしているのを「まどろっこしい」と感じたりするんじゃないかと思います。
そしてさらにその先には、既存の料理の味を再現するだけでなく、まだこの世にない味が創造される時代がやってくると思います。しかも、それを創造するのはプロの料理人たちだけでなく、みんなによってなされるはずです。
シンセサイザーは既存の楽器音を再現するだけでなく、未知の音、初めて聞く歌声すら生み出します。そうした音をコンピュータで制御してつくる音楽は、プロに限らない多くの人々によってネット上にあふれています。映像も、実写の再現にとどまらない斬新なコンピュータグラフィックス表現をつくれるようになりました。そしてそれも同じように、プロに限らない多くの人びとによって広がっています。このようなコンピュータを介した「表現の民主化」が、僕の研究の大きなテーマです。コンピュータによる支援技術によって、楽器を演奏する能力とか、絵を描く能力がなくても、誰もが音楽や映像の表現を行えるようになりつつあります。
味覚のメディアも同じ運命をたどるはずです。つまり、料理の技能とは関係なく、新しい味の表現の開拓が可能になっていきます。たとえば僕が開発した「味覚シンセサイザー(Norimaki Synthesizer)」を用いると、ある味からある味へと変化する体験を電流制御でつくりだすことができます。このようなことは現実の料理では不可能なことです。

味覚シンセサイザー(Norimaki Synthesizer)で味を調整する様子)

味わうテレビTTTVで、10種類の溶液を100段階でスプレーする設定にするだけで、100の10乗(1垓)という途方もない組み合わせの味が表現できます。この組み合わせのなかから、従来の料理の常識から生み出されない新しい味を発見できるかもしれません。このように、これまでの「料理」という概念を超えて、味表現に対する創造性が多くの人に開かれていく未来を、引き寄せたいと考えています。

宮下芳明 (みやした・ほうめい) イタリア・フィレンツェ生まれ。博士(知識科学)。明治大学総合数理学部 先端メディアサイエンス学科教授・学科長。著書に『コンテンツは民主化をめざす 表現のためのメディア技術』(明治大学出版会、2015)。音楽・映像表現を行うアーティストとしても活動。

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