第30回
「みらいの拠点」
from 愛知県
「ものづくりの街」として発展してきた中部圏は、今、大きな転換期を迎えています。
というのは、電気自動車(EV)時代の到来が確定し、いずれこのエリアの産業構造が根本から変わるという未来が見えてきたからです。
「あと10数年は今の事業で成り立つかもしれないが、その先はわからない。。新しいコトを始めないと!」
このエリアの、多くの企業が共通に抱える悩みです
そんな状況を打開するべく、各企業が独自にいろんなチャレンジを行っていますが、中部圏の“行政”や“経済団体”も、新たなビジネスづくりを支援しようとチャレンジを始めています。
今回は行政や経済団体のチャレンジ、名古屋市に設立された
「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE」についてお伝えします。
■「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE」
「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE」は、一般社団法人「中部経済連合会」傘下の、「一般社団法人中部圏イノベーション推進機構」が運営するイノベーション新拠点。この拠点の対象者は、起業や新規事業開発、社内で既存事業の画期的な改革を志す人たちです。
2019年7月にオープンしたこの拠点を運営している片岡成公さんに、開始から半年たち、現在、どんな運営がされているのか、どんな新しいことが起き始めているのかをお聞きしました。
三輪客員研究員(以下三輪):
「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE」の設立経緯を聞かせてください。
片岡成公氏(以下片岡):
私自身は中部経済連合会(以下、中経連)から来ている為、そこからの視点でお話しします。
中経連は中部にある、事業基盤のしっかりした企業、比較的大きな企業の集まりで、これまではイノベーションをそれほど重視していませんでした。しかし、昨今、技術の進展と共に、世の中の動きが早くなってきたこともあり、中経連としてもイノベーションをしっかりと推進していかなければならないという話になりました。
そこで、2017年4月にイノベーション委員会を立ち上げ、イノベーションを活性化する為の研究や調査を行い、2018年度には、新しいイノベーションを促進するような「人材を育成するプログラム」「情報を提供するプログラム」「事業開発を促進するプログラム」を始めました。そのプログラムは今も皆さんに提供しています。
それらのプログラムを運営していくうちに、こうした施策は大事だが、同時にみんなが集まってくるような場所、シンボリックな場所が必要ではないかということなりました。この点については、名古屋市も同様の課題を持っていたので、二者で話し合いを進め、「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE(以下、ガレージ)」を作りました。
三輪:なぜ、みんなが集まってくるような場所やシンボリックな場所が必要だと思われたのですか?
片岡:中部圏は長い間『イノベーション不毛の地』と言われていました。
その理由を調査すると、
①「しっかりした事業基盤を持つ企業がたくさんあり、これまではイノベーションが必要なかった」ということと、
②そのような企業は、「現事業の技術進展は自分達だけで推進することができたので、イノベーションに必要不可欠な“外部の知恵を取り入れる”というビジネス習慣が浸透していなかった」ということが分かってきました。
今後、技術の大きな進展が予測され、中部圏のしっかりした大企業も自前の開発だけでは立ち行かない時代が見えてきました。しかし、それらの企業は、外部の知恵と“交流する文化”も“交流する術”もないところが多く、それを解消するために、プログラム等のソフト面の取り組みに加え、みんなが集まれる場所を作ることも必要だと考えました。
三輪:この拠点の利用方法と提供プログラムを教えてください。
片岡:基本的には会員向け施設になるので、利用するには「法人会員」か「個人会員」になっていただきます。その際、入会審査があります。
法人会員は一口あたり3名まで同時利用が可能です。登録は何名でもできます。
提供プログラムは会員向けと一般の方も参加できる2種類があり、複数用意されています。
代表的な会員向けのプログラムには「ビヨンド ザ ボーダー」という、半年ほどかけてイノベーションの仕方を学ぶ、人材育成プログラムがあります。(ガレージができる前から取り組んでいるプログラム)
最初の3か月は座学、その後の3か月でチームを組んで自分たちでビジネスプランを作ります。2018年5月から開始していて、現在第3クール目です。(半年で1クール)
このプログラムは35歳前後の方を中心に、色々な業種の方を最大25名集めて実施しています。半年間みっちり行う結構ハードなプログラムなので、それをやり続けていく中でネットワークが育まれていくのも狙いの1つです。プログラムは2週間に1回くらいのペースで進みますが、後半の3か月はプログラムの他に、自主的にチームごとに集まって、連日夜遅くまで残っているチームもいます。
三輪:「ビヨンドダ ザ ボーダー」には、どんな方が参加されるのですか?
片岡:ご自身で希望して自費参加する方だけではなく、会社からアサインされて会社の費用で参加される方もいます。また、運営事務局が、会員の方にお声掛けして参加いただく方もいます。あえて色々な職種、業種の人にお声掛けをして、普段仕事では関わらないような人たちが集まるようにしています。製造業、サービス業、変わったところだとインフラ関係の方も参加しています。色々なバックボーンを持っている人たちが集まります。
三輪:男女比はどれくらいですか?
片岡:男性8割 女性2割くらいです。まだまだ男性の方が多いです。理想は半々を目指していますが、会社からアサインされて参加する方は男性の方が多いというのが現状です。
三輪:「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE」の目標を教えてください。
片岡:現在の中部圏は、自動車産業に頼りきっているということが経済上の大きな課題だと認識しています。
今後は、生活者の行動変化によって自動車産業が影響を受ける可能性があります。それも数兆円規模でGDPに影響を与えるレベルにまでなるのではないかと懸念しています。
それを補うための新産業を立ち上げることが我々の目標です。「10兆円規模の新産業」を我々が起点になってつくりたいと思っています。10年20年かけて目指していきたいと考えています。
その為に、まずは「今は大丈夫だから、今は足元がいいから」と対応を先延ばししている企業に、世の中の動きを発信して、危機感を焚き付けて熱量を上げ、熱量が上がった方には、イノベーションを起こすプログラムをいくつか体験してもらおうと考えています
我々は、10年で1000人のイノベーションドライバー(イノベーションを起こすプレーヤー)を作ることを目標にしています。その1000人が活躍していけばきっと新しい産業が出来上がっていくのではないかと思っています。
三輪:この拠点を運営するにあたり意識していること、大切にしていることは何ですか?
片岡:「異分野融合」を大事にしたいと考えています。分野の違う人間がここに集まってくることで新しい気づきだったり、価値観を創発できるのではないかと思っています。施設内にアート作品を飾っているのも、サイエンスだけではなくてアートという対極にあるものも混ざってもらうという意味もあります。個人会員ではクリエイティブな仕事している方にも来ていただいています。そういう方々と普段接点のない大企業の方が混ざってもらえるといいなと思っています。
三輪:「異分野融合」を進めるために、どんなことをしていますか?
片岡:例えば、「アカデミックナイト」というものを企画運営しています。この中部圏にはたくさんの大学があり、魅力的な知恵がたくさんあるのは分かっていますが、それをうまく産業に活かしきれていません。それを活かしていく機会として、中部を代表する大学の先生方を2週間に1回お呼びし、2名ずつ登壇いただいて、研究内容を発表していただきます。加えて、その内容に関心を持っている方を集めて、発表後そこでディスカッションもしていただきます。18時にスタートして2時間くらい先生の話を聞き、その後はみんなでお酒を飲みながら交流するまでがセットです。秋ごろからスタートさせました。
三輪:今後、このガレージはどう発展していくのでしょう。
片岡:ようやく人が集まるようになってきましたが、まだ「情報を取りにくる」という方が大半です。今後は、ここに集う方々が各々情報発信をして、お互いにそこから新しい一歩を踏み出せるような仕掛けを作りたいと思っています。お互いが持つ課題を発信しあえるような環境を整えて、そこに対して私だったらこういう手伝いができるよ、といったやり取りができるような人を連れてきて、化学反応をさせ、新しいことが起きればいいなと思っています。
また、少し先の話になりますが、中部圏だけではなく、他のエリアの方とも交流できるようにしたいと思っていますます。我々の考えとしては、ここがゲートウェイ(外部との窓口)になって、ここに来れば外とも繋がれるということを会員のみなさんに提供していきたいと思っています。そのために我々は東京、大阪、福岡、札幌、仙台等とネットワークを結ぶような下段取りをしています。将来的には国内だけでなく、海外も含めた拠点と繋がれるゲートウェイにしていきたいと思っています。
■ 「新結合」の場
「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE」は、2019年11月末時点(開始5ヵ月)で、法人会員が「68社」、個人会員が「38人」と広がっています。加えて、今回、紹介した「育成プログラム」以外にも、会員でない方も参加できる、多種多様な「イベント」が、年間200件ほど開催されており(中部経済連合や名古屋市の主催イベント)、いろんな業種・バックボーンの方と知り合い、交流できる場になっています。
イノベーションを初めて定義したシュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)は、「新結合」という言葉を使い、その概念を提唱しました。このガレージは、まさに「新結合の場」であり、今後、もっと多くの方に知られ、利用されるようになれば、“ものづくりの街”の特徴であり、大きな成長要因であった「自前主義」(自社のリソースでなんでも作ってしまう)も、新しいカタチにアップデートされていくでしょう。
そうなれば、そんなに遠くない未来、この地からたくさんのイノベーションが生まれ、新しい事業、新しい会社が今以上に……。
「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE」は、そんな素敵な予感を抱かせる“みらいの拠点”でした。
プロフィール
片岡 成公(かたおか なりゆき)
NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE コミュニティマネージャー1975年、神奈川県生まれ。2000年、慶応義塾大学理工学部卒。㈱豊田自動織機製作所(現・㈱豊田自動織機)入社。生技開発センターにて、生産工場の企画、生産技術開発、生産ライン立ち上げなどを担当。
2017年、一般社団法人中部経済連合会イノベーション推進部課長(豊田自動織機から出向)。『中部圏イノベーション促進プログラム』『ナゴヤ イノベーターズ ガレージ』の企画、立ち上げ等に従事。
2019年6月 一般社団法人中部圏イノベーション推進機構 プログラムマネージャー(中部経済連合会と兼務)。2019年10月 コミュニティマネージャー。