第37回
ひと時の地元住民に
~「時元」旅のすすめ
from 北海道
長期化するコロナ禍生活、いろいろな物事が変化している(せざるを得ない?)かと思います。旅の形態もすっかり様変わりしており、大人数の御一行様などは従前から減ってはいましたが、本当にすっかり見かけなくなりました。北海道でも観光市場の急減で、経済的に深刻な状況は続いています。しかしながら、知恵をしぼり協力しながら新しいスタイルへのシフトも着実に進んでいるかと思います。
さて、我々生活者にとっては旅や長距離の移動にはまだまだ慎重です。自身が動くことも憚られますが、地元へ人が移動してくることにもナーバスにならざるを得ない状況かと思います。
調査時期は5月下旬でしたが、弊社自主調査でも「自分の居住地域での旅行者受け入れには抵抗がある」というスコアは北海道ではひと際高くなっています。北海道に旅行に来てほしい・帰省してほしいという気持ちと地元を感染から守りたいという気持ちが入り混じって、困惑している様子が伺えます。
そんな中で、5人家族の我が家でも夏休み旅行は悩みました。外出自粛期間ではないものの、万が一のために行動には配慮しなければなりません。もちろん、出かけないという選択肢もあります。何より、人が多くてあまり見知らぬ地をうろうろしてしまうのは不安があります。
思案の結果、人が多いかどうかは行ってみないとわからないところもありますが、アウトドアで楽しめる場所にしようということにしました。何度か訪れていてある程度の土地勘があり、家族で自然を満喫できる、とある渓谷へ1泊2日の小旅行です。自宅から200km先ですが、移動はすべて自家用車としました。
スケジュールは計画立てて、マスク着用で人混みを避け、まめな手洗いなどを心掛けたので100%リラックスはできませんが、それでも久々に出かけることで気持ちだけでも開放的になります。人には旅が必要なんだなあとあらためて実感できました。
早朝の渓谷の散歩道、マイナスイオンをたっぷり吸いこみながらゴールの滝つぼまで向かいました。ほとんど人はおらず、代わりに鹿の集団に遭遇するなど森の一員になった気分です(熊出没の心配はありますが…)。
初めて訪れる場所での発見も素晴らしいですが、何度訪れてもよいと思う場所があることも大事ではないかと思います。そのような場所が地元や近場にあればとても豊かに暮らせるのではないでしょうか。もしかしたら、北海道の地元愛が高いのはお気に入りの場所が地元の地域に沢山あるからかもしれません。
2017年に「観光の終焉(THE END OF TOURISM AS WE KNOW IT)」として、コペンハーゲンが発表した観光促進戦略に、未来の観光の姿が見えているのではと思います。コロナ禍前に発表されたプランですが、サステイナブルなツーリズムとしての提言は今だからこそ必要と思えます。概要としては、「いまや観光客として扱われたい旅行者は激減しており、旅行者には一時的な市民として接するべきで、その結果地域のコミュニティにも貢献できるはず。その関係が地域の魅力となっていく。したがってコペンハーゲン市民の生活こそが観光資源」というものです。一時的な市民として地元が受け入れ、多目的施設で市民同士のコミュニティディナーに飛び入りで参加できたり、快適な自転車専用道路で移動したり、秘密基地のようなスモールビジネスで出来たお店に訪れるなど、ひと時の地元民になって過ごすことはとても豊かな体験ではないでしょうか。
旅先で過ごす時間は僅かかもしれませんが、その地を大切にしてきた地元民の気持ちになれれば、今までにない風景が見えてきます。滞在するのは数時間でも、気持ちは地元民。つまり「時元民」といえるのでは。それは、交流人口や関係人口にもつながります。コロナ禍のツーリズムは、何よりお互いの配慮で合意することが重要ですし、経済的な支援だけではない気持ち側面からの支援がサステイナブルな関係を生み出すのではないでしょうか。
マイクロツーリズムと言われているように、確かに地元から住まいの都道府県内の旅行から徐々に再開している傾向です。海外旅行までは相応な時間がかかりそうです。しかしながら、「時元民」スタイルの旅行は、距離には関係がないかもしれません。場所を問わず、訪れた地の市民になる、その間での豊かな体験と記憶がお土産になる、また他の人を誘って訪れることになる、そんなサイクルが理想的です。
あの渓谷にまた行ってみたいと家族から言われ、何だかほっとしています。「暮らすように旅する」と聞きますが、日常の暮らしにこそ旅の要素が必要なのではとも思います。生活者にとっては暮らしが軸ですから、実際は「旅するように暮らしたい」のではないでしょうか。日本各地の家に住み放題という住宅のサブスクリプションサービスが既に実現しているかもしれません。
私も旅するように発見した地元の好きな場所は沢山あります。札幌にいらした際には、豊かなひと時をご一緒したいと思っています。