みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2025.03.07

第58回

群になれば強くなる。地域企業の人材のみらい。

from 岐阜県

生活総研 客員研究員
博報堂 中部支社

山下 智弘

ニュースなどで普段目にする企業の多くが東京にありますが、一方で実際の日本の労働人口の大部分は東京以外の地方都市に分散しています。また、労働人口を企業の規模別でみると中小企業の割合が最も多くなっています。私は、地方の中小企業にこそ日本の労働のリアルがあるのではないかと思います。
また、同じ「地方」でも例えば東海エリアでは、私たち博報堂中部支社のオフィスがある名古屋とその他のエリアでは様相が違ってきます。

今回は、岐阜県に拠点をおき「東海ヒトシゴト図鑑」という東海地方の人と仕事のマッチングプラットフォームを運営するG-netの高橋さんから、都市部に属さない中小企業のリアルについて、主に人材の観点を中心にお話を伺いました。

最初に、事業の内容を教えてください。
高橋さん:
まず「東海ヒトシゴト図鑑」の運営元であるG-netは、創業者が岐阜の柳瀬商店街出身で、 かつて大手百貨店閉店など衰退の一途を辿るまちや商店街をどうにかしたいという思いで設立した学生団体が起源になっています。
最初は自分たちの手でやれるお祭りやフリーペーパーの発行をしていました。ですが、それだけでは商店街が変化するにはインパクトが十分ではありませんでした。そのため「頑張る人たち・挑戦したい人たちにとって優しい街を作る」という方針に目的を掲げなおしました。
それをきっかけに、大学生が地域の企業の経営者のもとで修業をする実践型プログラム「ホンキ系インターンシップ」を開始しました。プログラムのなかで前向きに取り組む若者たちの姿を見て「この子を採用したい」といった企業や、「地域の企業は面白い、就職したい!」という若者たちが現れ、就職や採用の支援をする事業が始まっていきました。
近年では採用の形が多様化し、地域の中小企業が一社ごとに採用活動を頑張っていくのが苦しい状況になってきています。
この状況に対して、近年経済産業省が「地域の人事部」という取り組みを推進しています。民間事業者などが複数の地域企業を束ね、地方自治体・業界団体経営支援機関などとも連携し、地域ぐるみで求人・採用、人材育成、キャリア支援などを総合的に支援する取り組みです。私たちもこの取り組みに賛同し、東海地域での「地域の人事部」立ち上げに取り組んでいます。

私たちはどの事業も「人が自然と地域に流れ込む人材還流・生態系文化を創出する」という共通の想いをもって活動しています。

高校生、大学生が普段生活するなかで、SNSの採用広告は大手企業やベンチャーの広告ばかり。大学内でも地域の中小企業の名前をほとんど見ることがなく、あっても気付かずに生きていくんですよね。
大手や求心力のある企業に学生が流れるのは当然のことです。その本流のなかで地域の中小企業を日常的に知ることができる“支流”を作る、そんなイメージで様々な取り組みを行っています。
「東海ヒトシゴト図鑑」は支流をつくる看板のような役割です。地域に関心を持っても、地域にどんな企業があるのかを学生が自分の力で見つけ出すのはすごく難しいこと。なので、「東海ヒトシゴト図鑑をまず見れば良い」という存在になりたいと思っています。そのために若者の育成に真剣に向き合っている・事業の挑戦を続けている企業を事業内容だけではなく、働いている人の想いや、仕事内容といった奥行きある情報を伝えることを大切にしています。
地域の企業はそもそも採用ページがない、SNSもアカウントだけ存在する状態で関心がある人にも見つけてもらいにくい。そうした企業の情報をまずは世の中に出すために、採用人事のことを一社だけでなく地域の企業同士で学び合い・協働することで1社1社の経営力を高め、「群」となって採用ブランドを高めていきます。

看板としている「東海ヒトシゴト図鑑」を立ち上げようと思ったきっかけを教えてください
高橋さん:
「ホンキ系インターンシップ」で地域に関心を持った若者たちが、どうやっても地域の様々な企業に辿り着けない状況がありました。そんな時「G-netさん、今、熱い企業を教えてください」といった類のお問い合わせをいただくことが多くなりました。
「東海ヒトシゴト図鑑」を立ち上げる前までは、お問い合わせに対してスタッフの知見やつながりを活かして企業を紹介していましたが、これをちゃんと情報としてまとめて発信していけないかというのが最初のきっかけですね。

「東海ヒトシゴト図鑑」のビジョンやポリシーを教えてください。
高橋さん:
まずポリシーについてお話しすると、「東海ヒトシゴト図鑑」では企業さんからお問い合わせをいただき掲載料をお支払いいただけると言われても、それだけでは掲載しないというルールにしています。
我々が大事にしているのは「自分たちが掲載企業を自信を持って紹介できるか」ということ。「ともに挑戦したくなる企業のみを掲載する」ことをポリシーに掲げています。
挑戦的な経営者・社員がいる企業、様々な人材の可能性を活かせる柔軟な組織、もしくは単純に経営者さんのことを私たちコーディネーターが大好きといったように、“この人に出会ったらワクワクする”という人がいる企業だけを掲載しています。

ビジョンについて、社内の共通言語になっているのは“ミシュラン”になりたいということです。ここに載っている会社はいい会社だとみんな言っているよね、といったところを目指しています。
このいいよねと言ってくれている人たちが、地域をつくる担い手となり、地域のことが好きだと自信を持って語れる人になってほしいと思っていて、地域への愛着や当事者意識を持った若者たちを輩出することが「東海ヒトシゴト図鑑」としてやりたいことです。

地域における人材採用の課題を教えてください。
高橋さん:
大手企業が採用にお金も時間もがっつりと投資をしているため、地域では採用はコントロールが効かないと思っている企業さんが多くいらっしゃいます。採用情報を出しただけで応募が来るものでもない、手法もどんどん広がっている、そんななかでいかに採用をコントロールできる状態にしていくかが課題だと思っています。

また、人材の定着率についても課題があります。
10年ほど地域の中核となっている経営者さんの横で新規事業を担える新卒人材を採用する伴走支援を行っています。この支援の中で採用した新卒者の3年定着率は、大手を含めた全国平均よりも非常に高いという成果が出ています。一方で、5年、10年の壁は越えられていないという課題が見えてきています。
地域の中小企業の場合、新卒で入社して一番年が近い先輩が40代というケースざらにあるんですよ。 新卒の年齢から会社のなかでキャリアアップしているロールモデルが見られないことが背景にあります。
また、地域の中小企業では、新しいチャレンジや組織の変化に前向きな社員さんが少ないケースもあり、自分だけが孤立をしてしまう。経営者と一緒に挑戦するんだ!と意気込んで就職先を選んだけれど、いざ入社したら、変化を求めない企業体質の中で孤立してしまい、未来への不安が積もっていく。こうした環境は地域の企業の課題になっています。
会社規模として30人以上50人未満ほどの企業でこういったことが多いですが、これには業態も影響しています。製造業などでは会社のなかで営業や経営企画のようなポジションを担う人が経営者ともうひとりくらいしかいないこともあります。その他の人たちは製造の現場に立っていることがすごく多いです。経営者の想いに惚れ込んで入社したのに他に味方がいないということが起きてしまっています。

地域における採用のトレンドはありますか?
高橋さん:
短期的に採用活動を考えるのはやめましょうという話を企業さんにしています。
高校の探求学習や大学一・二年生を対象にした全学部共通授業の段階から、若者たちに自社のことを知ってもらう機会を作りつつ、段階を踏みながらマッチングを目指す長期的な投資をしましょうということです。
また、教育機関へのアプローチにおいては、例えば岐阜のA社さん一社が名古屋の大学に採用活動のアプローチをしようとしても門前払いされてしまうことがあります。教育機関側は地域の中小企業一社で来られてもどのように大学のカリキュラムで扱ったらいいかわからない。一方で2023年5月から9月にかけて東海地域の大学のキャリアセンターや教員の方々にヒアリング調査を実施したところ「企業の現場で学ぶ機会を増やしたい」というニーズが教育機関側にはあることが分かってきています。企業の活動や運営の仕組みなどを座学で教員が解説することはできるが、実際に企業を運営している人たちが何を考え、どのように動かしているか、何が課題でどう対応しているのかは、現場の状況を実際に見ないと学生に伝わらない。とはいえ、見学・体験できる現場は、教員の人脈によって決まっているのが現状で、新たに開拓するのが難しいというのが教育機関側の課題として存在しています。つまり、知ってもらいたい企業と、教育に関わって欲しいと考えている先生がいるのに、マッチングしない状況が起こっています。先生が扱いたいテーマは決まっていて、企業側で紹介できるテーマも決まっていて、そこがぴったりはまることがすごく稀ということですね。 地域の企業と実践的な取り組みをしたいなら「東海ヒトシゴト図鑑」に相談をもらえれば、いろんな企業のリストがあるので活用してもらえやすいですよといった状態をつくることで、企業が群になって教育機関にぶつかりに行けると話を聞いてもらいやすい。そういう意味でも企業がまとまって採用活動をやっていくっていうのは、これから若年層に対してアプローチをしていくことにおいてすごく効果的だと思っております。

地域における理想の人材像を教えてください。
高橋さん:
ベースは愛着と当事者意識だと思っています。東海地域の若者たちと接して感じる傾向は「名古屋かそれ以外か」なんですよね。岐阜県は人口流出が課題となっているんですが、東海地域以外の流出は実は少ないんです。ではどこに行くかというとそれは名古屋で「みんな名古屋にとられちゃう」という発想になってしまうんです。
ただ、新卒のときは名古屋だったかもしれないけれど、結婚や出産を機に実家周辺に戻る若者も多く、自分の地元に戻って就職をしようと思った時に何か思い出してもらえるかどうかがすごく重要で、それがやっぱり愛着であり当事者意識。山と川しかないというけれど、「あそこに面白い企業がいる」ということを覚えてもらえれば、それが一つの誇りになると思います。そういった愛着を育んでおけるかが大事だと考えています。
一方で、地域の企業にとって愛着があって当事者意識を持っていれば誰でもいいのか、地域の30年後50年後見据えた時にどうかというと、地域の中小企業にはやっぱり後継者がいません。会社の中核、未来を担っていくような人材をつくっていくことがあわせて大事だと思っています。

これまでの成果や実績を教えてください。
高橋さん:
教育機関53校70名を訪問し、教育機関が今抱えている課題を明らかにするレポートを発行しました。現在それに基づいたカリキュラム作りが進んでいます。
昨年度は1,800人ほどの若者たちに「東海ヒトシゴト図鑑」を通じて地域の取り組みを知ってもらう活動ができました。
そのなかから私たちにとって理想的だったエピソードを紹介させてください。岐阜県の大学の授業の中で、企業を訪問し取材をして「東海ヒトシゴト図鑑」に載せる記事を作る授業をやっているのですが、一人の学生が、取材時に訪れた企業の商品を見て「すごく感動しました!」と言って、父の日のプレゼントにその会社の商品買ったり、その経営者さんのところに就職したいと言い始め、その後も経営者の方と食事に行ったりという関係性が生まれました。
「会ったらこんなに面白かったのか」という感動が生まれるということを体現してくれているのがこの学生さんの事例で、こうした発見や感動をつくれるようなカリキュラムを作っていきたいと思っており、私たちのなかでも語り継いでいるストーリーです。

現在課題に感じていることはありますか?
高橋さん:
まずは教育機関との連携をより強化していきたいと思っています。
それと、若者たちが地域の中により深く踏み込んでいくために、先ほどの学生さんのような地域の希望になるようなモデル事例を生み出していくことをもっとしていきたいと思っています。

今後の取り組みの方向性や構想している新しいプロジェクトがあれば教えてください
高橋さん:
教育機関のキャリアガイダンスの枠組みの中で東海ヒトシゴト図鑑を教材のように活用していただく機会を作っていきたいと考えています。もっと日常的に地域の企業について知る・学ぶ機会を作っていきたいです。
また、地域の企業が群になることを大切にしているので、企業どうしが連携しながら次なるプログラムをつくっていきたいと思っています。今、企業のみなさんとお話ししているのは研修を地域の企業が個々の会社で実施するのが難しいので、それを企業どうしの勉強会という仕組みとしてやっていきたいと考えています。参加者の年齢層や普段の業務の内容が違っていても、共通する課題を見つけてプログラム化していけるかということを試行錯誤してやっている段階です。

また、ルーキー・オブ・ザ・イヤー in Localという若手の育成とローカルキャリアの面白さの発信を目的に、若手の活躍にスポットライトを当てたアワードをやっており、そのイベントが近しいエリア内の意思を持った若者たちの交流する機会にもなっているので、企業と連携しながらこのような若手たちが出会える場づくりをやっていきたいと思っています。

高橋さん、ありがとうございました!

●地域の中小企業には群になることで、強く輝くポテンシャルがある

今回のインタビューを通じて地域の中小企業の厳しい現実と未来への可能性、2つの側面からお話をおうかがいすることができました。
大手企業の発信力が大きく若者との情報接点づくりが難しいなか、地域の企業を群として束ね、教育機関が地域企業とつながりを持つメリットを生み出しているのは地域特有の課題があるからこそ生まれた知恵と工夫だと思います。
また、地域の企業に就職した若手たちが群になり、スキルやモチベーションをアップしてければもっと地域の企業は強くなる、そんな可能性を感じました。
私自身、ずっと東海に身を置く一員として、一社でも多くの企業さんが輝ける東海エリアになっていってほしいと思わせるG-netさんの素晴らしい取り組みでした。

プロフィール

写真
高橋 ひな子(たかはし ひなこ)さん

1999年、宮城県生まれ。その後、NPO法人G-netへ新卒入社を機に岐阜へ移住。大学在学中は1・2次産業に関わるインターンシップや兼業等に従事し、SNSでの情報発信、既存商品のブランディングなどを経験。G-netでは副業・兼業のコーディネート、「東海ヒトシゴト図鑑」の運営に従事。

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