Part.1 [みんな]を巡る問い

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会話のなかの[みんな]の考察

「みんな化語」に潜む5つの機能

日常会話のなかで 「みんな言ってる」 「みんな持ってる」「みんなそうだと思う」など、 [みんな]を使ったり、使われたりといった経験は、多くの方々がお持ちだと思います。
よく考えると、その会話に登場する[みんな]って、 いったい誰なんでしょうか? なぜ、人は「みんな化語」を使いたがるのでしょうか? 生活総研では、個人の意見を、あたかも[みんな]の意見のように語ることを「みんな化語」と名付け、「みんな化語」の[みんな]とは何なのか……の解明を試みました。
ここでは、東名阪20〜69歳の男女 1500人への調査をもとに「みんな化語」の機能を分類した結果と、それに対する連載記事に寄せられたコメントをあわせてご紹介します。

電車内での飲食は「日本の恥」 なの?

まず、ある研究員が電車内で遭遇したエピソードを紹介します。
20代の女性が、空いている電車の座席でパンを頬張っていたところ、隣にいた70代くらいの男性が突然大声をあげました。 「そんなもん家で食え! 日本の恥だぞ!」 びっくりした女性は、声を発することもできずにパンをしまって、座席で小さく丸くなっていたそうです。

電車内での食事はマナー違反だと考える人も一定数いますが、彼女は「日本の恥」として叱責されるほど、全国民の反感を買うことはしていないはずです。その男性は「日本の恥」と言うことで、幻の[みんな]をねつ造しているのです。俺だけが怒っているのではなく、日本の[みんな]が怒っているのだと。

このように、主語を大きくするタイプの言葉があります。ほかの例では、ひとりの女性が「女は、お前みたいな男が嫌いなんだよ」と言う場合、個人ではなく性別代表になってしまっています。こうして個人の意見を[みんな]の意見のように感じさせる語り方を、私たちは「みんな化語」と名付けて、研究対象としました。

「みんな化語」の5つの機能

それでは、 「みんな化語」は どのような場面で どのような機能を果たすのでしょうか。
私たちは、生活者の「みんな化語」体験談を集めて分析するため、インターネット調査を行いました。そのなかで、20〜69歳の男女に「みんな化語」の定義を説明した上で、実際に自分が「みんな化語」を人から使われたときのことを自由回答で書いてもらいました。そして、調査人数1500人のうち、563人の方から寄せられた体験談をもとに、「みんな 化語」の機能を5パターンに分類しました。
この分析からは、「みんな化語」が日常会話に様々な形で潜んでいることを再認識できるはずです。そして、[みんな]がたとえ実態のない幻であっても、個々人の心や行動に影響を 与えうることも感じら れるのではないでしょうか。

1 権威づけする

これは個人の意見よりみんなの意見ということにしたほうが、発言が強力になることを狙ったものです。
生活者への調査では、子どもが親に玩具を買ってほしくて「みんな持ってるよ。だから買って」という場面で頻出しており、「みんな化語」の使用例で最も多いタイプになっています。
ほかには例えば、人が「〇〇ってダサい」と誰かをさげすむように言うとき、権威づけの「みんな化語」になっている場合があります。発言した側からすると、自分は[みんな]のトレンド(権威)に乗っているが、あなたはそうではないというニュアンスで、相手よりも高い立場を確保できるからです。

2 自己陶酔する

「日本の恥だ!」と 叱責した男性のエピソードは、「権威づけする」の動機もありますが、 より強い動機として、自分が国民代表であるかのように、「自己陶酔する」ことがありそうです。前者は他者への説得力を重視して、自分を大きく見せること。一方、後者は自分を大きく感じたい自己満足です。ほかに挙がっていた体験談では、「あの人の行動は国益に反する」などと 一個人が言うとき、この動機が潜んでいる 場合があります(もちろん、まっとうな 意見の場合もありますが)。

3 責任転嫁する

調査では、次のような 事例を教えてくれた生活者がいました。
「駐車違反も、みんながやってるから、しょうがないよね」
「私のような年寄りはモノが捨てられないから、断舎利は苦手なんだよ」
このように、「自分個人としては、駐車違反は良くないと思う/持ち物は整理したほうが良いと思う」という体裁を示しつつ、「でも、みんなそうじゃないのだから、私にはどうしようもない」と[みんな]に責任転嫁をする用法です。もちろん、ここで出ている[みんな]は本当に全員なのではなく、イメージ上でつくられたものです。

4 包摂する

1〜3の「みんな化語」は、虚像の[みんな]を 引き合いに出して自分の主張をしたり、欲求を満たしたりするような用法です。しかしそれ以外に、「みんな化語」には誰かを擁護するようなポジティブな機能もあります。
調査で生活者が書いた事例のなかに、 次のようなものがありました。
「これでいいのだ」
故・赤塚不二夫氏の作品中の名言。バカボンのパパが、毎話のはちゃめちゃな展開の末、それでも最後に全状況を肯定する決め台詞です。「これでいいのだ」は実は主語が誰なのかはっきりしていません。それによって、この言葉は、個人の視点から発せられるのではなく、[みんな]をより大きくした〝神〟のような視点に立った大局的なものへと昇華されています。状況を一転させるような肯定力は、このためです(バカボンのパパは作品中ではある意味で〝神〟の位置にあるキャラクターともいわれています)。
この「みんな化語」は、例えば誰かが仲間外れの疎外感を持っているとき、「それでもあなたは、間違っているのではなく、大局的にはいいことの範疇に入っているのだ」と包み込んでくれる言葉にもなりえます。

いわゆる均一的な〝大衆〟が存在していた漫画連載当時、バカボンのパパは常に異端者を演じていました。しかし、人びとのライフスタイルが多様化し、SNS上で何が常識なのかを巡って常に炎上が起きている現在は、いわば異端者だらけの時代とも考えられます。そんな現代で、この台詞、この「みんな化語」は、より輝きを増しているのかもしれません。

5 [みんな]をジェネレートする

自分の本音を 代弁するために 「みんな化語」を利用 するだけでなく、「みんな化語」を使うことによって 事後的に[みんな]の実態が生まれることもあります。
例えば、残業を重ねる労働者が依然として多い日本ですが、「お前の働き方はもう古い」と先行して「みんな化」したダメだしを始めることで、実際にスマートな働き方の人が多数派の[みんな]になっていくことがありうるでしょう。

この機能については、日本語の文字・ 語彙・意味の史的研究を専門とされて いる小野正弘教授(明治大学文学部) からふたつの興味深いポイントを教えてもらいました。
ひとつは、「みんな化語」が地域コミュニティをつくっていたという点。少し前までは、地域ごとに必ず世話焼きな人がいて、「みんな○○なのよ」という話をほうぼうでして回ることで、結果的に地域の情報がひとつになっていた側面があったということ。
もうひとつは、もっと昔の飛鳥時代に活躍した歌人の額田王(ぬかたのおおきみ)について。彼女は戦場に向かう船団が船出を見計らって待機していたとき、船団全体の「いつが船出なのだろう? 潮も満ちたしそろそろだろうか? 」という空気が閾値を超えたのを察知して、「今こそ船出のときだ」という歌を詠んだとの学説があるそうです。
これから進軍しようとする全体にきっかけを与え、士気を高めたということです。
全体のまだまとまっていない空気を ひとつにして、[みんな]をジェネレートするためには、それに先んじて「みんながこう考えている」と「みんな化語」を発する人の存在が不可欠だということです。これはリーダーたる者の資質なのかもしれません。

諸刃の剣としての「みんな化語」

ここまで、 「みんな化語」が 日常的に使われていることと、5つの機能があることを論じてきました。自分や周囲の「みんな化語」も気になってきたのではないでしょうか。 「みんな化語」は、 誤って作動すれば少数派を排除するポピュリズムにつながる危険性があります。一方で、異端者を包摂したり、世の中を善導したりするポテンシャルがあることもわかってきました。世界が激変するこの時代だからこそ、「みんな化語」の活かし方を[みんな]で考える必要がありそうです。

 

出典: 博報堂生活総合研究所 [みんな]に関する[みんな]の意識調査(東名阪) [第2回]

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