–日経クロストレンド(66)連載–

タイパ社会へのカウンター? 脱・予定調和で“ムダ”を求める生活者

執筆者:生活総研 上席研究員 伊藤 耕太

こちらは「日経クロストレンド」からの転載記事です。

デジタル化が進み、タイパ(タイムパフォーマンス)志向も加速する中、生活者はデジタルにどっぷりかと思いきや、実はアナログ志向が高まってきている様子が調査から見えてきた。博報堂生活総合研究所の研究員が、「生活DX定点」調査や生活者へのデプスインタビューを基に、デジタルとアナログの間をしたたかに生きる生活者の意識をひもとく。

デジタルとアナログは対立するものではなく、その間をうまく泳ぐ生活者の存在が見えてきた(画像/tiquitaca/stock.adobe.com)

なぜ生活者は「非効率」を選ぶのか

デジタル化の恩恵を誰もが享受する現代。しかしその一方で、私たちの購買行動は、レビューやレコメンド機能の影響を受け、気付けば「失敗しないけれど、発見もない」という無難な選択に陥りがちです。前回の記事では、デジタル世代が情報過多の中で疲弊し、結果として生活者の購買行動が「定番化」している側面をデータで示しました。

では、生活者はこの状況をただ受け入れているだけなのでしょうか。

博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)が実施したデプスインタビューからは、デジタルによる効率化の裏側で失われつつある「充実感」や「実感」を取り戻そうと、生活者が新たな行動を始めている兆しが見えてきました。

生活者はデジタルとアナログを対立するものとしてではなく、それぞれに新しい価値を見いだし、巧みに使いこなすことで、自らの欲求を進化させていたのです。

本記事では、この新しい生活者の潮流を「育てるデジタル」と「信じるアナログ」という2つのキーワードで探っていきます。効率化の先にある豊かさを求める生活者のインサイトは、これからのマーケティング活動において重要な示唆となるはずです。

育てるデジタル:効率化の先で、感受性を豊かにする

生活者は、デジタルの利便性を享受しつつも、そのアルゴリズムにすべてを委ねるのではなく、むしろそれを逆手に取り、自分だけの感覚や感情を「育てる」ためのツールとして使いこなす動きを見せています。生活総研は、この潮流の中に3つの欲求進化の芽生えを発見しました。

(1)あえて正解を迷いたい

1つ目は、デジタルツールが提示する最適解に安住せず、自ら試行錯誤するプロセスそのものを楽しみたいという欲求です。

ある高校生の女性は、デジタルツールで効率化された姉の就職活動に強い違和感を抱いていました。わずか10分で終わるオンライン面接では人の表面しか見られないと感じていたとき、SNSの切り抜き動画で、あるイラストレーターの姿が目に留まります。

その人が語る「自分の意志」ある生き方に引かれた彼女は、思い切ってSNSで連絡。その偶然の出会いは、やがて実際に会って話を聞く機会へとつながったといいます。

「姉とは全く違う価値観を持つ人との出会いを通じて、こういう生き方もあるんだと知ることができ、1年前に比べて、今、見える世界が全然違います」

彼女は、アルゴリズムが示す「おすすめ」ではなく、自らの直感と行動でロールモデルと出会いました。この手探りのプロセスこそが、「これは自分だけの正解だ」という確信を彼女に与えたのです。

膨大な情報の中から、偶然何かに出会い、自らの意志で関係を築き上げる。その一連の主体的な経験が、彼女の世界を豊かにしたのです。買い物から適職診断まで、どんどん自動化が進む中で、「迷う」という経験自体が、自分らしさを育む上で欠かせない要素になってきているのです。

(2)自分の感情を深めたい 

2つ目は、高速で情報が流れ去るタイムラインから距離を置き、一つのコンテンツとじっくり向き合うことで、自分自身の感情を深めたいという欲求です。フリーランスのエンジニアとして働く40代の男性は、ラジオを聴くのが趣味なのですが、デジタルオーディオプレーヤーに録音しておいたお気に入りのトーク番組の回を、10年間も繰り返し聴くといいます。

この行為は、情報を消費するのではなく、自分の中で「熟成」させるプロセスといえます。彼は繰り返して聞くことで、初回では気付かなかった新たな発見をするといいます。

日々更新される情報に追われるのではなく、あえて一つの情報にとどまり続けることで、自分だけの解釈を深めていく。他人の評価や感想に惑わされず、自分自身の感性の解像度を高めるための営みといえるでしょう。

(3)ムダを堪能したい 

3つ目は、効率至上主義から距離を置き、一見「ムダ」に見える回り道にこそ価値を見いだしたいという欲求です。

ある20代前半のカップルは、位置情報共有アプリの「足跡共有機能」を使っています。互いが今いる場所を共有できる他、過去に訪れた場所や移動履歴を地図上に表示し、互いに共有できます。それを使って、近くにいるときに効率よく会っている……のかと思いきや、そうではないのです。

「効率だけだと、思い出にならない」から、わざと自分たちが訪れたことのない、足跡の付いていない場所を巡るデートをしているのだそうです。

紫のエリアがまだ行ったことのない場所。用事がなくても二人で出かける

効率だけを考えれば「ムダ」といえる行動です。しかし彼らは、そのムダの中にこそ「こんなおいしいお店があったんだ」といった偶然の発見があり、それが忘れられない「記憶」へと昇華することを知っています。

予定調和な体験では満たされないからこそ、意図的に「ムダ」をつくり出し、うれしいハプニングを楽しむ。デジタルがもたらす便利さが、時に体験を予測可能な範囲にとどめてしまうことへの、ささやかな抵抗ともいえるでしょう。

ここまで見てきた生活者の行動の奥底(おくそこ)にあったものをまとめてみましょう。

・正解を迷いたい
・感情を深めたい
・ムダを堪能したい

デジタルによる効率化の恩恵は受けつつも、迷いや感動といった心の動きまでは機械に任せない。生活者は、非効率さを通じて「自分の感受性を育てる」ために、デジタルを使いこなしているわけですね。生活総研ではこうした生活者の行動を、「育てるデジタル」と名付けました。

 

→続きは「日経クロストレンド」のページからご覧ください。

 

<日経クロストレンド「30年のデータで解析! 生活者の変化潮流」>
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